川底

川沿いに住む売れない小説家は④

『川沿いに住む売れない小説家は③』のつづき


川沿いに住む売れない小説家の、命を懸けた最後っ屁みたいな小説は、ゲラを送った書評家からはまったく見向きもされず、編集者との信頼関係も壊れた今、宣伝やパブリシティの機会も皆無だった。

せっかく帯用にもらった最強コメントも、彼は宣言通り帯に使わなかった。

まさか、彼の心に深く刻まれるだけで終わるのか。

実際彼は、そのコメントを己に刻み込むつもりだった。同い年のミュージシャンが腕に息子の名前を彫ったのを、密かにかっこいいと憧れていたのだ。本がヒットすれば、貧乏な自分にも不可能ではない。ただ、重版できずに終われば、初回の印税など滞納した家賃で消えてしまう。彼は、本の売れ行きが気になった。

しかし発売以降、編集者からの連絡は途絶えている。それは自分の身勝手な行動のせいと思われ、こちらから連絡することも憚られた。

たが、実は彼女はそれどころではなかったのである。

本が出版されたタイミングと同じくして、超人気ロックバンドのボーカルがMVに出演したトップモデルと不倫をして糟糠の妻をあっさり捨て開き直って全てを歌にする、というスキャンダルが週刊誌に報じられた。その結果、ボーカルが出演していたハンバーガー屋のCMが打ち切りになり、読書芸人ならぬ読書バンドマンとして知られる彼のコメントを使った帯が超大御所作家の本から回収されるという事態になった。それは社会的イメージを気にした出版社からの指示で、中には反発を覚える書店員もいた。すでに落ち目の作家ではあったが、帯目当ての客を見込んで、大量発注していたのである。しかし、当の作家本人も憤慨しているとなれば、書店もそれに従わざるを得なかった。

だが、バンドのファンは根強かった。なぜなら、そういうゲスい男だとわかっていて、ファンをやっていたからである。むしろ、そこがいいので、余計なお世話である。スキャンダル後、CDのセールスやLIVEの集客は落ちないどころかうなぎのぼりで、共通の敵を得たことにより、ファン同士の絆も深まった。

厳しすぎるマスコミの攻撃と、まぁバンドマンなんて実際そういうもんじゃねぇの?という冷めた世間の声にも、明らかにズレが生じていた。そしてバンドの新しいアルバムがオリコン1位を獲得したあたりから、世論は勢いよく傾く。CMを打ち切って莫大な賠償金を請求したハンバーガーチェーンに不買運動が起き、早々と帯を外させた出版社には苦情電話が鳴り止まなかった。

それが、川沿いに住む売れない小説化の本を出した出版社である。

そんな事態を地球の裏側の竜巻のような気持ちで眺めていた売れない小説家は、ほとんどフォロワーのいない自身のTwitterを開き、久しぶりに投稿した。

渦中のバンドの名前をハッシュタグに付けて。


つづく

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