大盛堂クレイジー展開

サイン以外何でもします

ここ10年で、日本一作家にサインを書かせた書店員は、私かもしれない。

新刊発売時の書店訪問では、欲張って段ボール単位でお願いすることもあったし、たまたま買い物に来た作家を目ざとく見つけて、バックヤードに引きずり込んだことも数え切れない。たくさん書きすぎて、自分の名前がゲシュタルト崩壊した作家もいた。

私はその横で、餅つきの「あ、よいしょー!」みたいに調子良く半紙を挟んだり、「どっこいしょー!」みたいにサイン本帯を巻くだけだ。

積み上がっていくサイン本の向こうに、みんなの喜ぶ顔が浮かぶ。そして、サイン本がビュンビュン売れる光景を想像して、ホクホクしていた。

みなさま、その節は本当にご協力ありがとうございました。

そんな話をしておいて、なんですが。

この度、私は本を売るだけでは飽き足らず、本を出すことにチャレンジした。自分で売るものを作ったら、書店員としてもっと進化できるのではないか、という期待が密かにあったのだ。

結局、私がいちばん興味のあることは、本を売ることだからだ。

しかしこんな落とし穴があるとは思わなかった。

サインが書けない。書きたくない。

なんだろう、この激しい拒絶感は…。

献血ルームで人々の生き血を抜きまくってきた医者が、いざ自分が抜かれる側になった途端、やっぱ無理!って逃げ出すような卑怯さである。

あれだけ書かせておいて今更お前は…と呆れられそうだが、サインを書いている自分を想像すると本当に嫌だ。

「サインをちょうだいよ」という知り合いの言葉など、一切信じられない。絶対嘘だろう。「1冊買うから」に繋がる枕詞みたいなもんで、そんなのを真に受けたら後でバカにされるんだ。この文章だって、はぁ?って思ってんだろって思っている。

面倒臭い人間だ。

というわけで、買ってくれたら「サイン以外は」何でもします。

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書店員・エッセイスト・踊り子(なんだそりゃ!)

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