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演劇以前の演劇の話【第5回】「布団の中に居る」

 いろいろとダメになってしまったので、「よし、ダメになったときこそ、演劇を見るのだ! 演劇はこうした、ダメになってしまった人たちのためにあるのだ!」と思ったが、行けていない。お世話になった人たちの舞台も結構あるのですが、見に行けてないのです。

 布団から起き上がれないからだ。

 や、ほんとうのところは全然起き上がれるし、毎日早朝、労務があるので労務のために起き上がり、出社し、労役をしている。起き上がれています。全然元気です。
 だが、いろいろとダメになって「布団から起き上がれない人」になってたほうが、人にしんぱいされて優しくされるかもしれないし、いいかなあと思い。
 それで、「布団から起き上がれない」という演技を毎朝している、ことにしている。

 そんな状態の人が舞台を見に行ってしまうと、布団から起き上がれているのがバレてしまうのではないか。
 誰にだ。
 すくなくとも、演劇関係者の人に。世間の皆様に。そして、おてんとうさまにも。
 ギリ、演劇関係者にバレてしまうのは仕方のないことだとして、おてんとうさまに「布団から起き上がれない人のフリをしていた」がバレるのはつらいなあ。おてんとうさまは今日も中天にあり、全世界を照らす。絶対的な存在感だ。やばい。勝てない。
 そんなおてんとうさま相手に、僕は「ダメになった」の表現として、布団から起き上がれないという演技をしているのだ。それが、バレるのはなんともいやだ。

 なんでそんなことをしているのか。
 太陽に、今の自分の状態を知ってほしいからだ。そう表現をしたいのだ。

「演劇」以前の演劇として、おてんとうさまをはじめとした「見えない観客」に対する演技というものがあるんじゃないか。

 例えば、イギリスの――イッギリスの、ジェッントルマン、というのものは、ただ一人でいる時ですら、シャッツを着、ヒッゲを整え、バッターナイッフを使い、バッッッターをパンッンンに塗るものらしい。

 誰も見ていない時こそ、イギリッッスジェッントルマンというものは紳士でなくてはいけない。常に胸を張り、ピッとし、小さな「ッ」をあらゆる行動に施し、背筋を伸ばて緊張感がなくてはならない。そうやって紳士文化というものは保たれるものらしい、と、世界ふしぎ発見とかで聞いた。

 これは、なんとなくわかる。見えない観客。おてんとうさま。神。なにより自分に。自分が、そうありたいと願うかたちで、自分を演技する。
 それは「通り過ぎる人がいて、それを見ている人がいる」式の演劇とは言えないものかもしれない。けどこれは、人類がまだたった一人、アフリカにて、無数にいたサルの群れから立ち上がりたての、とても孤独だった時代の、「演劇以前の演技」といえないか。

 今私は、誰にも見せているわけでもなく、また実際はそれほどダメにもなっていないのだが、ダメになった人という役になって、「布団から起きれない」という演技をしている。実際にはしていないが、おてんとうさま相手にはしている。

 それが、「舞台を見に行く」という行動をしてしまったら、どうなるだろう。
 演技プランとして、崩れないか? なにせ私は「布団から起きれない」のだ。そんな人間が、何かを楽しみにして、そして自分の成長のためになるからと、すばらしいからと、愛しているからと、一生を愛していこうと思うくらい素晴らしいものである演劇を、見に行こうとする、というのは、「ダメになってしまった自分」の役作りとして、どうにも間違っている気がするのだ。

 ダメな人のフリをしたところで、誰も喜ばないじゃないか、と言われるかもしれない。
 そもそも現実には、「布団から起き上がれない」演技はしていないわけだ。フィクション。そもそもの時点でおてんとうさまに逆らって、嘘をついて、やってないんだから、本当の演技は。いまさら演劇を見たところで、誰にも、世間にも、神にも、おてんとうさまにも、自分自身にも、何も思われないって。

「おまえは、誰にも、世間にも、神にも、おてんとうさまにも、自分自身にも見られていない。
 おまえはそういう人間なのだ。大したことはない人間だ。ダメにも何もなってない。ダメさも何も伝わらない。誰も見ていない、意識もされてない。無と同じだ。
 だから、演劇とか、いいじゃないか、見に行けばいいじゃないか。演技をしているというウソはやめ、フリはやめ、演劇以前の演劇なんてやめて、元気に楽しく、まわりに迷惑や心配をかけないよう、がんばって、生き生きと生きれ。生きれ。生きれ。もう演劇なんかできなくても生きれてしまえ。そして、死ね。」

 という、何かに、さからって、布団の中にいる演技をしています。

 実際には普通に生活し、ウクライナ情勢のニュースを見、飯を作り、食み、職場に行ってます。

 ですが私は演劇をしています。演劇とは言えない、演劇以前の演劇かもしれませんが。布団の中にくるまって、少しも動かず。生きています。

 なかなか知り合いやお世話になった方々の劇を見に行けてないのはこういう事情なのですが、どうかご容赦いただければ幸いです。

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