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1-7 売り場明日リバース 安定と動揺の視界

「地震?」バックヤードでおばさんが発言したよ。

地上が揺れている。

「お酒見てこないと」飲み物の支配者は慌てているよ。

「お酒?」僕は言うよ。

「上に置いてあるやつが倒れちゃうから」飲み物の支配者は答えるのだったよ。

「上に置いてある?」僕は彼の言っている意味がわからないのだったよ。

「支えないと。地震のときいつも押さえてるんだよ」

彼が早歩きで売り場に向かうので僕も追跡し、お酒のコーナーに到着するのだったよ。僕たちの背より高い什器には落ちたら粉々に砕け散りそうな瓶が整列しているんだ。

飲み物の支配者が棚に手を添えるので僕も彼の真似をしたよ。全てが揺れ続けているんだよ。いろいろな部門の従業員が集結して、お酒売り場の棚に両腕を支えているんだよ。みんながここに集まっているんだ。

「そんなことしてると危ないんだけどね」サービスカウンターのおばさんが揺れる通路を歩きながら述べたよ。

「ん」僕は反応したよ。

「危ないからね」

「そうなんですね」

僕は自分の両手が触れている棚を見たよ。黒紫色の瓶のワインにはぶどうの絵がある。僕たちが支えているからこそ倒れないのかその因果関係は明確でないよ。揺れているのを実感するのは、いつもは揺れていないから。僕たちの誰もこうした環境の動きには慣れていない。始まったときには終わるときはわからないんだ。

僕は今死ぬのかもしれないと少し思うとともに、死ぬことはなさそうだとたくさん思ったよ。この揺れの規模なら僕は、僕より大きな何かの下敷きになって骨と内臓を潰されてしまう、そんな場合は起こりえないのではないか。僕は4年前のあの津波のことを考えたよ。

「長かった」従業員が言ったよ。

揺れが収まるのだったよ。店は元の店に戻るんだ。社会を覆すほどの自然災害とはならなかった、ここでは。震源について僕が調べる前にほかの誰かが調べて喋るかもしれない。

「1階売り場の方、バックヤードまでお願いします」店内放送だよ。

この声は主任のものだ。従業員たちはぞろぞろと店の裏側に集まり円の形を作るんだよ。主任を中心として囲うのではなく、主任を線上に乗せる形で円を作成するのである。

「地震のときは、棚を支えなくていいので」主任は言ったよ。「倒れたら危ないので」

もちろんその通りである。あんなことをした店員たちは命知らずだよね。倒れそうな物から避けて逃げるのが鉄則なんだよ。しかし逆に、率先して倒れそうなものに急いで近づいていったのだ。

「地震のときは倒れそうな所から離れてください」主任は述べたよ。

従業員らは売り場へと戻ったよ。それにしても僕が残念なのは自分自身が愚行に走ってしまったことだよ。ほかのやつらが馬鹿なことをするのはともかく、僕が馬鹿なことをするのはあってはいけなかった。

なんで僕はあんなことをしてしまったのだろう。僕の身近にいた飲み物の支配者、すなわち僕に指示を与える側の立場である人物が僕に呼びかけたからなんだ。そしてそのときの僕は、それに反対するための根拠を瞬時に浮かび上がらせることをできなかったんだ。立場を築けなかったんだ。

今飲み物の支配者は売り物のペットボトルを並べているよ。彼が僕に言わなければ、間違いなく僕は震動している現場で商品棚に近づくことはなかっただろう。愚かさが風邪のように移ってしまった。長くこの店にいた彼はこれまでも店が揺さぶられたとき、さっきと同じようなアクションをとってきたのだろうか。そうでなければ咄嗟にあのように振る舞うはずがないのではないか。

おそらく昔、店で地震が起こったときに、棚の上に置いておいた商品が落ちて、瓶が割れたことがあったのではないか。割れた瓶から液が広がり、色のついた水溜まりが床にできたのだろう。じゃあどうしようかという対策として、人が支えておくという結論に至ったのだろう。

僕は落ち込んでいるよ。もっと震動が激しければ商品棚は倒壊し、店員たちが下敷きになっていたはずだ。そして愚者の集団による悲惨な事故として店外の人々に記憶されるだろう。恥ずかしいんだよ。僕に、安全に行動しようとの用心深さがあったわけではないし、危険を冒してでも店のために尽くそうとの気骨があったわけでもない。何かを決断する前に軽やかに流された。

覆水盆に返らずなのである。今回は幸運なことにどうやら誰も負傷していないし何も破損していない。誤った行動の選択を悔やんでいる者たちはたくさんいるのだろう。私がああいう判断をとっていれば家族は死なずに済んだのに。みんなそうなんだ。

商品を並べる棚を見るんだよ。棚の上にも商品が置かれている。僕が今いる飲料売り場だと、天面にほら、数本のペットボトルが横に寝ているよ。これはもともと陳列するための場所ではない。高い位置だよ。内側に入りきらない場合があるからここに載せるんだ。もともとペットボトル4×5本分のスペースしかないのなら21本目以降は正しく設置することができないわけで、だから上に回すんだよね。

未来の全部を知らない。しかし落ち得ると僕たちは知っていて、だからなるべく重いものや鋭利なものを上方に載せるべきではないんだ。事故が起きたら僕は述べちゃうものね、「前々から危ないと思っていました」。凶器にならない物体なんてないのだ。異変が起きても大丈夫なように細工を施しておかないといけない。

全てが終末を迎える天変地異なら仕方ないと諦めよう。しかし、ほんの少し傾くくらいならば取り返せるように。僕は通りを歩いて辺りを見るよ。「コーラ」「緑茶」「オレンジ」「アルコール」。文字の並びは崩壊しないはず。崩壊するときがあるとするなら、それは別世界から眺めたときなのだ。僕は落ち込んでいるよ。

【本質のテキスト1「売り場明日リバース 8面 」に続きます】


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