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1-4 売り場明日リバース 少年と少女の外界

土曜日に僕はディスカウントスーパーに戻るんだよ。僕の勤務は週4回なのだが今日は1週間の最後の日、土曜日なのに最初の出勤。なぜなら行っているからだよ! 教育実習に。行かなくてはいけないからなのである。そのために平日の労働を休んでいたのだ。

教育実習とは、大学生が学校教員の資格を得るために、学校教員の職場である学校に見習いとして正式に邪魔しに突入する行為のことだよ。僕たちが大学を卒業するために必ず遂行しないといけないのである。

教育実習は場合によっては安全な時間で場合によっては危険な時間だよ。僕の同級生は教育実習開始から約2週間後に死んだ。僕は生き残っていて、死ぬつもりはない。

「久しぶりだな」主任が、黒いスーツではなく緑のエプロンの僕に声を掛けたよ。

「おはようございます」

小学校は疲れる。大学生が大学生らしく教員の真似をしなければならないのは難しい。教員ではない人物は教員の真似をしているうちに教員らしくなっていく。店員もそうだよね。店員の真似をしているうちに店員らしくなってくるのである。僕も店員らしくなってしまったからね、昔は違ったのに。

「教育実習、行ってきました?」年下の学生アルバイトの彼が僕に尋ねるんだよ。

「今まさに行っているところなんだよ」

「まだ終わってないんですか」

「まだ終わっていないんだよね」僕は頷いたよ。「今回2週間だからね。半分が終わったところなんだよ」

「途中なんですか。どこに行ってるんですか」

わからないのは当たり前だよね。裏側にあるからね。僕が大学生で教育実習生として小学校に通っていることはここでは表示されない。僕の鞄に入った冊子「教育実習の記録」を見せてあげたいよ。

「すみません、トイレってどこにありますか」眼鏡をかけた茶色い髪の毛の男から話しかけられるよ。

「トイレは2階なんですよ」僕は答えるよ。

このようなやりとりを重ねることによって僕は僕がいつも何をしていたかを取り戻してくるんだよ。僕は店員になっているな。昨日までと取り巻く9割くらいが違うんだよ。この世界とあの世界が両立しているということが信じられない。

「いる場所が違い過ぎる」休憩室で僕は発言するよ。

「変な子どもとかいない?」仲間が僕に尋ねるんだよ。

「変な子どもはそんなにいないんだよね」僕は答えたよ。「みんなかわいいけどね、担任の先生も優秀だし」

僕が実習に向かっている小学校が大学教育学部の付属学校なんだ。収入や知能が高めの親たちが自分の子どもを少々高級な学び舎に行かせたいという気持ちで子どもたちをここに送る。大学生に教育実習を受けさせる体制が整っていて、世の中の大半の小学生にとって教育実習は年に1度のお祭りのようなものだが、付属小学校の児童らにとって教育実習は資源ごみの収集日くらい高頻度なのである。

早く寝たいよ。僕は授業の構想を練っておかないといけないんだ。僕がこのあとの1週間のうちで児童らに対して行わなければならない授業は3種類で、算数、国語、体育なんだよ。

ああ、面倒だな。まず火曜日の算数では立体の種類と性質についてさらっと確認して、水曜日の国語の授業では古語をふわっと読んで、そして最後の木曜日の体育の授業ではサッカーをびしっとやらせるのである。

僕は休憩室内にある机にほかの従業員が菓子パンを食べたりコーヒーを飲んだりしているのを見るよ。僕の知る歴史が正しければこの者たちもかつて小学生だった。いつも1人で座っている頭の禿げた飲み物売り場の支配者であるおじさんはぶどう味の炭酸の清涼飲料水を飲んでいるんだよ。かつて彼から理不尽に怒鳴られたと明かした僕より3歳年上の先輩は、今どこかの小学校に先生として勤務しているはずなんだよ。僕の実習先にはいなかった。

「そろそろ行く?」学生アルバイトの彼が言ったよ。

休憩室を出て売り場へと戻るんだよ。働いてお金を得ないといけない。硬貨に数字、校歌に修辞。書いてあることだよ。書いていないことを読み取るのが大事だと著名な国語教育の専門家が記述していたのを、国語の先生になるつもりだった僕は覚えているよ。

少年少女たちは考えていないだろう、実習に来ている大学生が翌日ディスカウントスーパーに出現し、エプロンを着用して動き回って接客しているとは。パイナップルの缶詰を積み上げて、すき焼き風味のふりかけ袋を並べて、マヨネーズ30本入りの箱の上半分だけ外して、ふかひれスープ置き場に置かれたわかめスープをわかめスープ置き場に移して。子どもたちよ、これが僕の真の姿であり偽りの姿なのだ。僕は昨日のことを思い出すよ。

「明日バイトなの?」夕日が差す放課後の5年2組の教室でチームメイトである女子学生が僕に言ったんだ。「バイトくらい休みなよ」

「休めないんだよ」僕は反論したよ。

「教育実習ですって言えばいいじゃん」

「いやそれはもちろんお店を休むことは物理的にはできるけど、休んだら給料がもらえなくなっちゃうでしょう。餓死してしまうよ」

「教育実習で餓死とか」彼女は笑うのだったよ。

「貧乏なんだよ」僕は怒るよ。「自分も教育実習の期間くらい、教育実習に集中していたいけどね、労働を休めるほどのそんな金銭的余裕はないんだよ」

【本質のテキスト1「売り場明日リバース」の「5面 強者と弱者の各界」に続きます】


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