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1-2 売り場明日リバース 廃棄と保存の境界

ひっくり返してしっかり見てあげないといけないんだよね。賞味期限である。店舗1階に広がるドライ食品売り場に並ぶ商品には大切な日付が刻まれていて、それを今日と比較し確かめるのが僕たち品出し係の仕事の一部というわけなのだよ。

この「賞味期限チェック」は常に行う仕事ではなくて、僕たちが猫のように暇な場合にしか実行されない。突発的に、上司である社員から賞味期限を確認してほしいと指示されて取り組む。

「こっちまだ見てないですよね」僕の後輩にあたる学生アルバイトの人物が僕に言うんだよ。

「見てないよ」僕は答えたよ。

「じゃあ俺こっちの味噌汁エリアから見ていきますね」彼は告げたよ。

「じゃあ自分はこっちのほうを」

仕事の種類について退屈ランキングを作成するならこの賞味期限チェックが第1位かもしれない。急がなくてよいし、身体を活発に動かす運動でもなく、眼前の客に対応する必要があるわけでもないため切迫感がない。

賞味期限切れの商品がないか調べるのはもちろん賞味期限切れの商品が置かれている場合があるからだが、そうした望ましくない状況を生み出す要因は陳列の方法である。この店の労働者はいつも、上、あるいは前から覆い被せるようにして商品を設置している。すでに置かれている同じ商品を隠すようにして。

すると、現在が過去を閉じこめてしまうに決まっているよね。スペース内の商品がゼロに尽きてから同一商品を新たに補充するのなら古い商品が埋没してしまう危険はないのだけど、それは商品が品切れになっているということだからやはり望ましくない。僕はこの店でしか働いたことがないのでわからないが、たぶんほかの店の陳列では、古い商品を前に出してから新しい商品を後ろに回すというやり方を採用しているのではないか。

この店も冷蔵のチルド食品部門はそのように置いているはずなんだよね。僕たちが普段賞味期限に無頓着のまま品物を展開できるのも、期限がまあまあ遠い未来に設定されていることが標準である、常温保存のドライ食品売り場だからなのだろう。数か月保存できる食べ物が多いんだ。

賞味期限。僕は10歳のときにこれを知ったのだけれど、意外と賞味期限と消費期限の違いを認識していない人って多いみたいなんだよね。賞味期限はおいしく食べることのできる日、消費期限は安全に食べることのできる日を指す。このことをうちの店長がわかっていないんだよ。今まさに店内放送が聞こえるよ。

「賞味期限が明日までのパン、半額となっております!」店長の声だよ。「パンコーナーにて、菓子パン、惣菜パン、各種ございます、食パンもバターロールもございます。さあ、現在もお客さま続々と来られております、賞味期限が明日までのパンの特売でございます、全て半額となっております!」

パッケージに消費期限と明記されているんだけどね。彼は今まで誰からも指摘されたことがないのだと推測できるよ。店員たちや客たちはどう思っているのかな。「消費期限と賞味期限を混同しているな」と放送を聞いているのかな、それとも彼らも店長同様違いに気づいたことがないのかな。

「賞味期限が明日までのパン!」店長の実況放送が響き渡るよ。「さあ、パン、もうすぐなくなりそうです!」

僕は焼き肉のたれコーナーの賞味期限を調べるよ。用意した買い物かごは2つ。横に並べて置きます。瓶を1本ずつ見て、賞味期限に問題がないのであれば、それを右に置いたかごに。もし期限切れを起こしているのであれば、左に入れていこうと思います。

今って何年だっけ。4800年だっけ。わからなくなってくるよね。基準となる0をどこに設定するかで変わるからね。でも、そうか。見つけてしまったよ。2か月以上賞味期限が切れている焼き肉のたれの甘口。見つけたのは良かったけど、見つけたのは良くなかったな。

それで、1本発見したということは、これと同時に生産された個体も同じようにここに眠っていると推し量ることができるよね。この焼き肉のたれは12本入りの段ボール箱に詰められてこの店にやってきたんだ。

はい。やはりあったよ。これも2か月以上前、これも、そしてこれも。計4本だね。ほかにもあるかな、あった。というか、これは2か月以上前のものだね。奥でずっと眠っていたんだね。

この焼き肉のたれの甘口を全部見てみたが、2か月以上前のものはこの1本だけしかないようだね。ということはこの空間に置かれていた不適合品は計5本。僕は問題のなかった商品を、今度は古いものほど前面に出るように調整しながら置いていったよ。

調味料も人間社会同様ざっくりとした年功序列制のはずなのに。この5本は今から売り物ではなくなったよ。のちに社員の手で処分される。本来なら家庭に移されて冷蔵庫に仕舞われていただろう。捨てられるために作られたわけではないのだ。

「ありました?」学生アルバイトの後輩が話しかけてくるんだよ。

「まあまああるね」

「味噌汁の賞味期限切れけっこうありましたよ。一番古いやつでどれくらいのやつありました? こっちに来週までのやつもありましたよ。買っても使い切れないですよ」

「それらは半額とかになるのかな」僕は言ったよ。「来週までならなんとか食べきれるって感じかね」

全てにタイムリミットがあるのかな。僕は彼に賞味期限と消費期限の違いを知っているか尋ねてみようかと思ったが全く重要な質問ではないので尋ねなかったよ。

【本質のテキスト1「売り場明日リバース」の「3面 分散と集中の内界」に続きます】


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