母がいた-26
最近梅雨が明け、どんどん気温があがってきて、隣家からコバエ?が飛んでくるようになった。映画を観てるときなんかに視界の隅でフッとちらつくので大変イラっとする。
前々から思っていたのだが、コバエやゴキブリなどの虫たちは視界にさえ入らなければ別に気にならないのに、どうしてわざわざ絶妙にちらつくのだろうか。完璧に隠密行動してくれていればこんなに嫌われることもないだろうに。いや冷蔵庫や家具の裏にひしめき合ってたらそれはそれで嫌なんだけど。
まあそんな話は置いておいて、決して多くはないがゼロでもないコバエ対策として、フマキラーの「コバエワンプッシュプレミアム」を購入した。コバエの好きそうな場所や、出てほしくない場所にシューっとすればアラ不思議、コバエさん達にご退場願えるという魔法のようなスプレーだ。
デザインも限界までそぎ落とされた感じがして大変好感が持てる。無印が殺虫剤を発売した時も思ったが、殺虫剤って派手である必要ないよなと思う。別に派手だからといって虫がおびえるわけでもないし。まあ購買意欲向上やブランディングの一環だと分かっていても、そう思ってしまったりする。
なんだかすごく序文が膨らんでしまったが、今日はそんな虫たちと母の戦いについて思い出したことがあるので、書いていこうと思う。
母は虫が苦手だった。ゴキブリが出ればタップダンスを踊り、ハチなんて来ようものなら全力で阿波踊りを踊った。そんな母は僕が小さいころから虫対策グッズに目がなく、最初は丸めた新聞紙、次はお馴染みハエ叩きと少しずつ進化を遂げていた母の虫対策グッズだが、そこにある日一風変わったルーキーが顔を出した。
形は小さなテニスラケットのようで、ラケットの網目の部分に虫が接触すると電流が流れる、という仕組みのものだった。昔のコンビニなどに設置されていた誘導灯の手持ちバージョンという感じだ。
その「新武器」を購入してきた母は、普段なら絶対にしない虫探しを始める。威力の検証がしたいのだ。胸元に両手で構え、「虫がいたら教えて!」と言って、その日僕らは家族総出でコバエを探した。異様な空間だった。4人の人間が中腰で空を凝視しながら家の中を徘徊する。ホラーゲーム「SIREN」の民家ステージがそんな感じだった。
そして姉がついにコバエをみつけた。「お母さん!ここにいる!」と台所を指さす。すぐさま駆け付けた母は、コバエを視認する前にラケットを振りまくっていた。ラケット型なのだから水平にスイングすればよいのに、神主が神事で使うあのわさわさしたやつ(大麻だったか)と同じ振り方をしている。
家族が声を殺しそれを見守っていると、「ぱちっ」という音がした。討伐成功である。歓声。今度は全員で床を這いつくばり、先ほどやっつけたコバエを発見し、再び歓声が上がる。ちょろい家族だ。
それからというもの母はそのラケットをいたく気に入り、虫の気配がしてはラケットを振り回すおばちゃんになっていた。僕ら家族としても、日ごろから聞いていた「ぎゃあ」とか「ひい」みたいな悲鳴を聞く機会が減って大変過ごしやすかった。
そんなある日、おやつを食べた僕が部屋でゲームをしていると、台所の方から「あーっ!!」という悲鳴が聞こえた。慌てて台所に駆け込む。母がうずくまっている。何があったんだ。「大丈夫!?」と声をかけると、母は少し泣きながらダイニングテーブルの下を指さした。
その先にあったのは母の「武器」だった。もう見慣れてしまったそのラケットに母は恐ろしいものを見るような視線を向けていた。
話を聞いてみると、どうやらいつものように虫をやっつけようとラケットを振り回していたら自分の腕に当たってしまい、虫ではなく自分を「ぱちっ」とやってしまったらしい。まあ母が言うには「あれはぱちっなんて可愛いもんじゃなかった!バチチチチってなった!!」とのことだったが。
僕ら家族はその大げさな申告をあまり真に受けず、まあいたかったんだね、くらいの反応で済ませたのだが、どうやら母にとっては本当に痛かったらしく、それ以降ラケットを押入れの中に封印してしまった。
実際に試すのもなんだか怖かった(本当にバチチチチだったら嫌だ)し、そのままにしていたらいつのまにかそのラケットは電池が切れてしまっていて、あえなくお役御免となったのだ。
今となってはあれがどのくらいの威力を誇っていたのか確かめるすべはないな、と思っていたのだが、先日意外なところであのラケットをみかけた。
唐突だが、いや本当に唐突だが、僕はSMを嗜んでいる。一般に縄やロウソク、鞭などが連想されるあのSMだ。そんなSM好きの僕がインターネットの海を泳いでいると、オトナの動画にあの日母が封印した「ラケット」が映っていた。
被虐心たっぷりの、目隠しをされたすっぽんぽんの屈強な男性が床に座っている。正座をして、足を開いたような体制だ。ヤーさんがお偉方を座ってお出迎えする時のような。
そんな座り方をした男性の膝と膝の間に、あのラケットが鎮座していた。母が持っていた、あの虫対策グッズ。その上には、目隠し男性の男性自身が元気に天を仰いでいる。なんだ?と思い再生していたが、まあそんな状態は長くは続かず、少しずつ首をもたげる男性自身。そして床に置かれたラケットに触れると「バチっ」と音がして目隠し男性が可愛く情けない声を上げる、という俗にいう「放置プレイ」だった。
普段なら「ほう」と顎に手を当てたくなるようなえっちさではあったのだが、いかんせん使われている道具が道具だ。ありし日の母を思わせるぱちぱちラケットでこの動画内のカップルは性欲を満たしている。僕はどんな気持ちでこの動画を見たら良いのかわからなくなり、最後には少しだけ笑いながらそのページを閉じた。
それ以降、コバエを見かけるたびに母のラケットとあの動画が浮かんできて、複雑な気持ちで「ふふっ」と笑うようになってしまった。思い出というのはどこで繋がるかわからないな、と感じる話だった。でもこれもいつかは忘れてしまうだろうから、せっかくなので書いておく。
ちなみに、ラケットの威力は「バチッ」だった。
虫に怯え
虫対策グッズに攻撃され
海外のエロ動画に
思い出がリンクされた
そんな、母がいた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?