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あの夜の選択

あの日はなぜか、これでもか、これでもかというほど選択を迫られた一夜だった。


30年以上も前、ハワイで極貧生活を送っていた学生時代のことだ。ハワイライフは寮生活でスタートし、ホームステイ、シェアハウスを経て、ワイキキで憧れの一人暮らしがようやく実現した。

エレベーターのないボロアパートだったが、ワイキキという便利な場所にあったため、週末の夜は女友だちが集まり、ディスコに繰り出す前の“パウダールーム”として重宝された。

「あの日」も友だち数人がわが家に集い、夜遊び前の入念な準備に励んでいた。なぜかこの日はあまり気が進まなかったのだが「ディスコ行こうよ」としつこく誘われ、「じゃ、行くわ」と。1つ目の選択。

さて、そろそろ出かけるか、というときになって、誰かが「身軽に財布だけ持って行きたいんだけど、ポケットがないのよ」と言った。すると「私もショルダーバッグは置いていきたい」「バッグを持っていく人、悪いけど私の財布も入れてくれない」と、申し合わせたようにみんなが私の方を見ている。

というわけで、やむなくワンピースからキュロットスカートに着替えて、両側のポケットにみんなの財布を詰め込んだ。2つ目の選択。

アラモアナホテル1階にある超人気ディスコの長い行列に並び、ようやく順番が来たと思ったら、私のキュロットスカートがドレスコードに引っかかり、入店を断られてしまった。恥ずかしいやら、悔しいやら…。

今夜は帰ろうと訴えたが、彼女らに懇願されドレスコードのないワイキキのディスコへ。これが3つ目。そこで私のタイプに“ドストライク”の青年からダンスに誘われた。

ダンスの最中、彼は右手の甲に押されたスタンプを見せて、「やっともらえたんだ」と嬉しそうだった。このスタンプは21歳以上の証で、これを見せればアルコール飲料が購入できる。やっともらえたということは21歳…。私は22歳だったが、年上の女より同年齢のほうが親しみやすいかな、というコンマ何秒かの判断で「私も!」と手の甲を彼に見せてしまった。どうでもいい4つ目の選択。

4、5曲踊ったところで休憩することにした。一緒に来た友だちの様子を見てくるという彼に「またあとで踊ろう」と私。5つ目の選択だ。勝負を懸けた選択ともいえよう。

さて、しばらく待っても彼は現れず、勝負の選択を悔やみかけた頃、膝の辺りをトントンと叩かれた。そこには笑顔のドストライクが。「お約束どおり、レッツダンス」。

別れ際に電話番号を交換し、the rest is history…

今年で結婚33年。ドストライクは薄毛で悩む、糖質制限中の太っちょさんとなり、結婚16年目でようやく授かった娘は、現在高校3年生。執筆中の大学出願用エッセイには、スーツケース1つと大きな夢を抱えて、アメリカにやってきた私の話が盛り込まれていた。そうか、あの選択も人生を左右する大きな決断だった。


あの夜、1つでも違う選択をしていたら…

ああ恐ろしい、と思うのは、いまが幸せということだろう。


ところで歳をサバ読んだ「4つ目の選択」は、事あるごとに夫から「詐欺だ」と咎められており、非常に後悔している。


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