見出し画像

トラウマと現実の狭間だった

トラウマがある。
中学生時代の部活のトラウマ。
バレー部だった。部長だった。副部長はいなかった。顧問は怖かった。理不尽に怒られた。僕は何もしていなくても、誰かのヤラカシで怒られた。
蹴りあげられたパイプ椅子、
過呼吸になるまで走った外周、
コンクリートの道を走り続けてヒビの入った股関節のレントゲン写真、
部室からなくなった僕のブラウス、
助けてくれない同級生、
同級生を虐めて退部させた先輩、
暴力事件を起こした後輩。

あの頃のすべてが僕のトラウマで、
今でもよく夢を見る。

気づけば、中学生に戻っていて、練習試合に向かう途中だった。
顧問は先に1人車で目的地へ出発してしまった。
置き去りにされたファミリーカーに、部員を全員乗せて、僕が運転してあとを追いかける。遅れたら怒られる。免許証は、22歳の僕が持っているものだった。

高速道路を駆け抜ける。
ハンドルは言うことを聞かない。
ゲームの軽いハンドルのようで、少しの操作でキュルキュルとタイヤが滑ってしまう。
怖い。怖い。僕は運転が得意じゃない。
同級生も後輩も、乗っている他の部員は助けてくれない。冷や汗をダラダラとかきながら運転する僕の傍で、お菓子をつまみながらゲラゲラと楽しく話してBGMに合わせて歌うだけ。
ああ、僕があの頃、1人顧問に怒られている時も、こうだった。

ガシャンと音を立てて、車が止まる。
ぶつかった。事故だ。
誰も傷ついていない。でも、もう時間には間に合わない。
呆然と事故車の横に座り込む僕の横には、いつの間にか顧問が立っていた。
周りには、他の部員が座っている。

「お前のせいだ。」

顧問の声。
でも、部員全員の声。
僕だけのせいじゃないのに。あの頃もそうだった。

「言ってくれたら、変わったのに。」

後輩の声。
そんなの、今更言われても遅い。あの頃もそうだった。怒られたあと、泣いている僕を見て、後出しジャンケンのように、同級生が僕に告げる常套句。
みんなが僕に、部長だから行けと言ったくせに。

だれも、助けてなんてくれなかった。
悔しくて、情けなくて、溢れる涙。
それでも僕は、部員を睨み続けた。
決して目を逸らしてなるものか。

顧問が僕の肩に手を置いた。
「仕方ないだろう。泣いても。」
困ったような、優しさをわざと滲ませた声。面倒臭いを隠した声。

あのときもそうだった。
僕が勇気を振り絞って、引退間近に、部員を集めてミーティングをした。1人の後輩が、ほかの後輩に対して暴力行為を働いたから。もともとその後輩は、独裁者のような、わがままが目立つ後輩だった。我慢ならなかった。最後の大会前に、問題を起こして、また僕が怒られる。
今まで、怒ったことのない僕の、勇気であり、芯だった。
「バレーボールはチーム競技。
掻き乱すだけなら、迷惑を周りにかけるだけなら、そんなこともわからないなら、出ていけ。
試合にも出なくていい。」
後輩は泣いた。

顧問は諭した。

僕を。
困ったような、わざと優しさを滲ませた声で。面倒臭いを隠した声で。
「辞めさせたいのか?責め立てて、辞めさせてどうするんだ。
次の代が困る。」
僕の代は、どうなってもいいというのか。僕を悪者にするつもりか。
こんなにも、頑張ったのに。
1人、部長の立場も、副部長の立場も、エースも、何もかも全て背負ってやってきて、最後の最後に問題を起こされて、我慢してきたことをぶちまけることも許されなかった。
無念で、悔しくて、情けない気持ちが、ボロボロと涙を溢れさせた。
滲む視界でも、僕は、初めて、顧問を睨みつけて離さなかった。
僕の精一杯の抵抗意思表示だった。

夢の中の僕も、また、抵抗を許されなかった。
あの時と同じ、涙を拭いもせずに睨んだ。
そうして、大きな声で、
「今更なんだ!お前らも悪い!
僕が辛い時、僕が本当に必要としてる時に助けずに、僕が辛かったと泣いている時に手遅れの言葉をかけてきて。いつもいつも、後出し。
お前らの【次はちゃんとする】なんて、何百回と聞き飽きた!!!
いつも僕が後回し!!僕が声をあげても、誰も気づいてくれやしない。助けるって言ったくせに!!」
なのに、喉が締まったみたいに、小さな小さな声しか出なかった。
隣にいても、聞き取れるか怪しいほどの、小さく潰えた声。

ああ、こんなときも、夢の中でさえ、
僕は弱音を吐くことを許されない。

最近、辛いことがあった。吐き出したかった。
僕が、友人が辛いとき、彼女を抱きしめて一緒に泣いて、そばに居たように、僕にもそうして欲しかった。
彼女も、僕が辛い時そうしたいから、辛い時は相談するようにと、言っていた。
でも出来なかった。
彼女の辛い時期と重なったから。
いつも、そんな気がした。
吐き出そうとしたときには、吐き出せるような状況じゃない。
僕は、大丈夫だと、自分に呟いて、
彼女を慰めた。
彼女を慰められる言葉を、僕が言って欲しい言葉を、必死に紡いだ。

夢の中、
大嫌いな顧問が、
僕の小さな叫びを聞いて言った。

「いま、お前の心の中にいるんだ。
何も許されない。トラウマにも、現実にも縛られて、その狭間で1人泣くのがお前だよ。」

覚醒。
ボヤけて、何も見えなかった。
涙が次々に頬を伝った。
トラウマと現実の狭間で僕は、泣いていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?