見出し画像

僕日記

爪と指の間、爪にもなりきれず、皮膚にもなりきれなかったような何者かを、正真正銘の爪で剥いてしまった。
何もしてないのに、ジンジンと痛い。
心臓の鼓動に合わせて、指先を血液が循環するのに合わせて、
「昨日君に傷つけられたところは此処だよ」
と言わんばかりに主張する。

人間失格、その前に、人間とは生き物失格なのかもしれない。
未来という希望を見出した人間は、同時に未来という絶望に打ちのめされて、生き物が生き物たる、「生きる」という当たり前の願望すら、投げ出して「死にたい」などと思うようになってしまった。そしてその割に、生きることの延長である「死」という出来事を、日常から引き剥がしてしまった。
生き物にとって、「死」はきっと、日常の一部であり、サイクルのひとつなのに。
生きるために進化して、生きるための遺伝子を受け継いできた生き物としては、失格なのかもしれない。
そして、太宰治のように、生き物失格の人間すらも失格の烙印を自分で押した時、果たして人は生き物として復活するのか、それとも生き物でも人間でもない何かになってしまうのか。

さっき久しぶりに、赤ちゃんの玩具ガラガラの音を聞いた。何と何のぶつかる音で、あんなにも柔らかな安心するような音がするのか、そう言えば知らないな。世の中知らないことしかないのか。
自分もいつかの昔に必ずあれを鳴らして、音を聞いて、あやされていたはずなのに、その記憶がないのは、なんとも残念な事だな。
ほら、自分の過去でさえ、知らないんだ。

愛はきっと過去形だ。
魔法学校の校長も、全てが終わったあとで満身創痍の主人公を慰めるときに
「愛じゃよ、愛。」といっていた。
「愛している」より、「愛していた」の方が、ポエミーになるのも、そういう理由かもしれない。
自分で言っていて、意味がわからない。

隣でパソコンをカタカタ叩く、スーツのお兄さんが、独り言を呟いては舌打ちした。
カタカタブツブツチッ
カタカタブツブツチッ
何か奏でているように思えてならない。
もしかしたら、日本の社会を奏でいるのかもしれない。

公共の場、しかもみんなが靴を履いている場所で、靴を脱ぐ人が苦手だ。
なぜ脱ぐ。「臭っていたらどうしよう」とは不安にならないのだろうか。自信があるのか、自分の足の匂いに。なぜ。
大学で、近くに座っていた男の子が、毎時間靴を脱いで机の横に置いていた。その靴に躓いたことがある。「人の靴を蹴ってしまった」と、ペコペコ謝ったが、後々考えてみれば、机の下でも椅子の下でもなく、机の横という自分の陣地外に置いていた奴が悪いのではないか。
2年がたった今でも、ほんの小さな気がかりが、同じくほんの小さな僕の心で燻る。その香りが、なんとなく足の匂いになって、靴を脱いでいる人を見たときに襲ってくる。
別に本当に臭ったことはないのだけれど。

人生は満員電車かもしれない。
席に座れずたっている時は、座っている人を見て「早く降りないかな。座りたい。」と思っているのに、1度座ってしまえば、周りで同じように思っている人のことは考えないし見ない。
でもたまに顔を上げた先に、妊婦さんや怪我人、老人、子連れが居ると、瞬間に葛藤が駆け巡った挙句、席を譲ったりするのだ。
それが些細な優しさで、案外と世界を回していたりして。


カフェで隣に座るサラリーマンが、喧騒に紛れて鼻歌を歌っている。
聞こえていますよ。
なんの歌か分からないそれが、周りの声にかき消された結果、僕には、実際には聞いたことも無い、空襲警報に聞こえた。
彼はもしかしたら、仕事という爆撃が上から降ってくることを、お知らせしていたのかもしれない。

ある人の日記を読んだ。
僕の誕生日の日付はなかった。
僕の誕生日という日でも、その人にとって特筆することの無い日だったのだろう。なんだか悲しい。
けれど、これが、「今日も誰かの誕生日」ということ。ついでに誰かの命日でもある。
僕の母方の祖父の誕生日は、父方の祖母の命日だ。

本を同時進行で何冊か読むことがある。
先に読み始めたのに圧倒的に読み進まない本もあれば、後から休憩に読み始めて先に読み終わる本ある。
人間関係も、そんなものだろう。
先に出会ったことで必ずしも仲良くなれる訳じゃない。

駅を歩いていたら、中学時代の同級生を見かけた。
名前は……忘れた。
なんとなく、こんな名前だったかもしれないくらいなら出てくる。
そもそも、そんな人物がいたことすら、さっきまで頭の片隅のそのまた片隅にもなかった。
彼女を彼女だと認識できたのは、彼女が中学生の頃と同じように化粧もせず、髪を染めもせず、耳の後ろでお下げにしていたからだ。
まるで記憶の片隅の隅から、這い出てきたのかと思った。
それに引き換え、きっと彼女は僕には気づかなかったことだろう。
化粧をして、髪を染めて、髪型も違う。
僕が大人になってしまったことを、自覚した。

ノートパソコンを買った。
17万も払った。
この電子機器は、4月からの僕の労力どれだけ分に相当するのか、今は検討もつかない。
WiFiのパスワードを入れたのに、ずっと読み込み中のまま。先が思いやられる。

さすがapple。iPhoneと同期したら、驚くほどの速さで使えるようになった。
今、ノートパソコンもといMacBook Airで打ち込んでいる。
ただ悲しいかな、僕のタイピングスピードがMacBookAirのスピードに追い付いていない。申し訳ない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?