雪解け

おばあさんと失敗と雪どけ

「うおお...さぶっ...。」

まだ薄暗く、遠くに見える家の屋根の影に近い部分の空がほんのり明るくなり始めている早朝、6時15分。

普段より空気が冷たく感じる中、手が外気に触れないようコートの袖で覆いながらバイト先へと自転車を漕いだ。

海外に行くための資金調達の場として夏に始めたアルバイト。
目的を達成した2か月後にはひたすら「やめよう」と思っていたはずが、かれこれ半年も経ってしまったようだ。
というのも、自分がそこにいる理由を新たに見つけたからなのだけど。

いつになってもたばこのにおいは好きになれなくて、心の中では全席禁煙にしたい気持ちでいっぱいだし(お客さんのことを考えると実際のところは望まないけど)、だいぶ覚えてきたけど「いつもので」と言われたときのいつものが思い出せない時はしゅんとするし、モーニングの時間帯はいつもギリギリ場がまわるかまわらないかの瀬戸際で、

「4分の1の私はレジ、また4分の1の私は提供、そのまた4分の1の私は片付け、残りの4分の1は場を俯瞰!」

と自分を分割したくて仕方ないけれど。気にしすぎるのは違うから、バランスよくできるようになる日を楽しみにしつつ取り組んでいる。
とはいえ、ひたすらに積もってゆく失敗。

それでも毎日や、毎日のように来てくれる常連さんと話すこと、初めて会うお客さんと少しでも弾んだ時の会話が楽しくて、ずっと昔から知り合いの近所のおじさんおばさんのように温かい言葉をもらったときに、そんなことも忘れて頑張ろうと思えてしまう。

***

いつも、開店してから30分ほど経つと、私の父と同じくらいの年齢(に見える)の息子さんと入店するおばあさんがいる。
150ちょっとある自分の身長より少し背が低くて、目が合うとにこっと笑ってくれるかわいい方だ。今日も変わらず、それくらいの時間に姿を見た。

しかし、今日はなんだか様子がおかしかった。
いつもは息子さんの後ろに続いて歩きながら入店し、目が合うと、にこっ、と笑って「おはよう」という声が聞こえるのに。

入り口のドアが開くと、息子さんがそのおばあさんの腕を組んで連れながら、ゆっくり、ゆっくりと入店した。
いつもの、自分まで思わずぱっと表情が明るくなってしまうような表情はない。むしろ口角が下がり気味で、「おはようございます」と声をかけても返事はなかった。
動いてはいるものの、凍っているように感じた。

その日の2人の朝食に私が関わることはなく、歓迎とお見送りだけだった。
結局、一度も笑った表情は見れなかった。
声を聴くことも、なかった。

たまたま調子が悪かったんだ。
また来週になったらあの笑顔が見れるだろうと思いたい。
暖房はついているけれど、扉を開けて帰っていく後ろ姿を見ながら、なんとなくひんやりするような、寂しい気持ちになった。

何があったのか分からないけれど...

はやく年が明けないだろうか。
一歩外に出れば、赤、緑、黄、色鮮やかなものが目に映り、自然と気分が晴れやかになるようなあの季節が来てほしい。

それまで苦手なことと向き合って頑張ったら、
雪は、氷は、溶けてくれるだろうか。

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