吸血鬼

「今度ご飯行こうよ」と誘われていた歳上の男性と晩御飯に行った。
学生時代にアメフトをしていたせいか肩幅のある人だが、吐息交じりの小声で話す上に、背丈もショートブーツを履いた私と変わらないので、威圧感はない。

私と会うと彼は「寒いね」と濃い緑色のマフラーをきつく巻き直した。

「美味しいけど空いてるからいいよ」というインド料理屋は、確かに静かで、店員までほとんど居らず、ぽっかり浮かび上がっているような空間だった。

彼のスマホについていた動物のホールドリングが可愛らしくて、どうしてこれにしたの、と尋ねると「アマゾンで頼んだら、4つ入っていて、その中から適当に選んだ」という気の無い答えが返ってきた。

そのまま、アマゾンで買い物したものについて話す。
去年のハロウィーンに吸血鬼のコスプレをして、そのコスプレ用の歯もアマゾンで買った……、などなど。

彼はナンをちぎりながら、「君はひどく純粋に見える」とこぼしたけれど、私は自分を純粋だと思ったことはあまりない。本当に純粋な悪意のない人間を知っている。

私が最近スターウォーズをみた話をして、ふと彼に映画を見るかを尋ねた。
「少し古いけど、ララランドはみたよ」
あぁ、この人の中でララランドはもう古い映画なんだ、と思って少し切なくなった。

食べ終わって「少し散歩に行こう」と言う彼について、人通りの少ない場所までくると、本当に少しだけお情け程度に出ている東京タワーを指差して「ほら、あれ見て」と言ってビルの暗がりに私を引き寄せた。

背中に冷たいビルの壁が触れる。

ここでキスされるんだな、と諦めて東京タワーを横目で探したが、すでにビルの影に隠れてもう東京タワーは見えず、彼の顔が眼前に迫っていた。


今、彼は私の手を取って「すごく柔らかいね」といって握りしめている。「すべすべだ」と言いながら、歳下の"純粋そう"な女の手を何度もさすり、満足そうに微笑む。少し血色が良くなったように見える彼はもうマフラーを巻いていない。


瞬間、吸血鬼のコスプレのことを思い出す。

吸血鬼の格好をした彼が私の首元に噛み付いて、少しずつ私の生気を吸い尽くし、満足そうに微笑む。意識を失った私を一度強く抱きしめて肉の感触を楽しんだ後、ビルとビルの間で陽の当たらない暗がりに置き去りにする。

その光景を想像して、私は少し悲しくなった。

最後まで読んでくれてありがとう。