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ボーダー 二つの世界

映画を見た。ボーダーふたつの世界。
ネタバレすると思うので、これから見る人はまた今度。


大変なものを観てしまった、と思った。隣に座っていたおばさまも「ねぇ……、すごいもの見ちゃったねぇ」とヒソヒソしていたので、この感想は私だけじゃない。

薄気味悪いものが美しくなり、不完全だったものが完璧に、人だと思っていたものが人でなしになる。

境目なんてあるようでない。


私が一番感動したのは、序盤から鼻をひくひくさせたり、手でものを食べたり、犬にやたらと吠えられたり、動物的で薄気味悪く描かれているティーナとヴォーレが森の中で笑いながら全裸で駆け回るシーン。
二人の不気味さは反転して、自然と調和しているような、それこそ妖精みたいな美しさと輝きに満ちている。

美醜のボーダーが曖昧になる。


男女のボーダーも曖昧だ。
人間でいうところのペニスを持った女性とヴァギナのある男性。
ペニスのせいで今までずっと自分は性的に出来損ないだと思っていた女性が、ヴァギナのある男性と出会い、咆哮しながらセックスをする。こんなに重みと切実さをもって描かれるセックスはなかなかない。本当に今年一番切ないセックスだったかも。
ティーナの動きが「突き立てる」みたいな力任せの動きで、ヴォーレは受け入れるような姿勢だったから、この後、私の中で男性、女性の境目が曖昧になる。そして、完全と不完全の境目も。「不完全」って誰から考えてなの?


それから、人と人以外のボーダー。
人間として育てられたティーナの正義感も逆に復讐に燃えるヴォーレも人間的だといえる。児童ポルノを売る人間もとても人間的だ。
善と悪で人と人以外を分けることはできない。人間の中に善も悪も内包されている。だから、あいつは悪いことをする人以外の存在だから「人でなし」だ、と虐殺はできない。人間の中にも人でなしがいる。


狂気って価値観の強度だっていうのをどこかで読んだ。すべてはグラデーションで片方に尋常じゃなく偏ってしまった時、狂気と呼ばれるものになる。正常と狂気の境目も本当は曖昧。

白黒つけられるものはなくて、何もかもがグラデーションの濃淡で、その濃淡がマーブル柄にぐちゃぐちゃに混ざり合っている。
ぐちゃぐちゃの灰色の世界。美しい灰色の世界。


もう一つ好きなところ。
ティーナがヴォーレを家に招いた時、「静かなところ」と言っていたこと。本当は犬が騒ぎ立てているんだけど、たぶん、他人の感情の匂いがしないから、ティーナにとってはとても静かなんだろう、と。他人の感情というノイズ。

それから、自分に対する恐怖。
彼らの「醜い容姿」にトロルという名前がついた瞬間に少し安心してしまったこと。人と違うんだ、と思って安心してしまったこと。私はそういう人間だ。

最後まで読んでくれてありがとう。