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行こうぜ、行こうぜ、全開の胸で

この暑苦しさに救われる、そんな夜がある。

人が目の前で怒られていると、いたたまれなくなって辛い。怒られるのは好きではないのに、なぜか怒られて肩身が狭くなっている方から醸し出されるあの空気にシンクロして、勝手に憂鬱になってしまう。

今日は、一年目の子が私が設定した上司込みの部門ミーティングの時間にオフラインで、電話しても出ない、チャットにも反応がないという事態が発生し、すっかりミーティングを忘れていたらしいその子がオンラインに戻ってきたのは約一時間後だった。

その一時間の間に、上司から個人メッセージで「私も何度も注意してるのに改善が見られない!前も同じこと伝えてたよね?」という完全に苛立ったメッセージが届き、一年目で「まだまだこれから!」とお目こぼしを貰ってもいいくらいの子が後ほどボイスチャットで上司から酷く怒られるだろうということは想像に難くないので他人事ながら気が重くなり、事前に少しでも上司の苛立ちを緩和しておこうと気を揉みつつ個人メッセージに返信し、予定していたミーティングには運悪く社長も同席予定だったので、社長と上司に「申し訳ないですが、一時間ほど時間をずらします」と報告して、この時点で精神的に結構疲れていた。

そして、ようやくその子がオンラインに復帰すると、想像通りの暗雲垂れ込めたボイスチャットが私込みで開始され、上司が一通り怒りきった後、小さな声で「はい」としか返せなくなっているその子に対してさらに追加で何かあるかと意見を求めてきて、心の中では「当日の朝にリマインドしなくてごめんねぇ……」などと思っているのであるが、上司の手前、甘やかしすぎるとこっちにも火の粉が降り注ぐし、適度に緊張感を持った声音で「毎朝、必ず、その日のスケジュールをチェックするようにしようね」などと言って、自分のズルさに嫌気がさしているうちに、いったんミーティングがあるのでお叱りは解散となったが、相当弱った状態で会議がスタートした。

在宅勤務なので他人と少し話して気を紛らわすこともできず、気が重いまま始めたミーティングは進行でもたもたし、もたもたしているうちに積りに積もった憂鬱は実体化し始めて、実体化した憂鬱が「やっぱりお前はダメな奴だ」と突然物凄い力で私を押し潰しはじめた。
最初は憂鬱に抵抗していたものの、憂鬱はミーティングと関係ないところまで責めてきて、「最近はいろいろなタイプの仕事をやっているようだが、考える必要があることが全て違うし実力が追いついていないので、結果として全部の仕事でパフォーマンスとクオリティが低い。結局、なにも身についていないし、この先、お前は何をしてもダメだ」と私が気にしていたことをクリティカルで攻撃してきた。これは結構ヒットポイントが高く、防御壁を失い憂鬱に支配された私はベッドで「生きることがしんどい……、生きることを望むレベルまで精神を持ち上げられない……」と沈み込んでいた。


もう寝よう、眠れないかもしれないけど寝よう、と思った時に、ふと「深夜高速、聞きたいな」と思った。深夜高速なんて、すごい久しぶりに聞く。何年ぶりだろう。

ストリーミングサービスで検索して、スピーカーから流す。綺麗なアルペジオから爆音が弾けて、そしてまた静かなミュートのギターサウンドだけになると「青春ごっこ今も続けながら旅の途中、ヘッドライトの光は……」と歌が始まる。暑苦しい。暑苦しいから音程もちょっとブレるし、でもなんか泣いてるんだよな、気がついたら。

この暑苦しさがダサい。最高にダサい。嬉しくなる。ご飯が喉を通らなくなって、でも、まだ餓死して夏の腐乱死体になるわけにもいかないので、プチトマトをプチプチ食べている私も相当ダサいけれど、「生きていてよかったと感じられる夜を探してる」なんてピュアすぎるこの曲も相当ダサくて、それで、めちゃくちゃかっこいい。嬉しい、ピュアでダサい曲がある。ここに。音楽の熱量が爆音とともに自分の中に流入するのを感じる。

まぁ、やっぱり仕事は嫌なんだけど、ちょっと救われた。他人の熱量だけど、これを少し借りて明日も乗り切ろうと思う。

今日ばっかりはHarry Styles聞いてる場合じゃなかったな。

最後まで読んでくれてありがとう。