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【読書記録】小川洋子「密やかな結晶」

 今回は小川洋子の作品「密やかな結晶」を読みました。

 小川洋子の作品は独特の美しい世界観で知られています。私も以前に『猫を抱いて象と泳ぐ』の時にも力説しましたが、本当に美しく小説でしか表現できない世界を私たちに見せてくれます。
 今回の『密やかな結晶』でも非常に美しい世界観に浸らせてもらいました。

  この物語の舞台はとある島です。この島ではたまに、”何か”が消えていきます。その”何か”はあらゆるものです。消滅がおこった朝には、島民は消滅の気配を感じます。そしてもう消えてしまったものに対して何も感じなくなってしまうのです。その日のうちに消えてしまったものは処分してどんどん島からものがなくなっていきます。
 しかし中には消滅がおこらない人もいます。そのような人々は消滅が起こったかのように振舞いますが、ばれてしまうと秘密警察に連れていかれてしまいます。

 私は思わずこの世界観に引き込まれました。おぼろげで、正確にイメージできない分、不思議な印象を与えます。なんといってもその設定が丁度よく、思わずうっとりさせられてしまうのが小川洋子マジックでしょう。
 決して浮き世離れしていないし、あくまで自分の頭の中で世界が想像できるような親しみが感じられます。

 そして読んでいるとだんだんと感じてくることですが、おそらくこの作品は第二次世界大戦中のナチスドイツによるユダヤ人迫害をテーマとした作品であると思います。
 住民たちは抗えない力に押さえつけられ、都合の悪い考え方をする人は連れていかれる。明日には自分の大事にしていたものが跡形もなく消え去り、もしかしたら捕まってしまうかもしれないという恐怖と闘いながら暮らしていく。
 こんな様子はまさに物語の世界であり、現実のナチスドイツが起こした世界でもあるのです。

 小川洋子自身、このことを深く考え私たちの社会が起こしてしまったこととその行く末を見事に表現していると感じました。美しい世界観の中にもしっかりと伝えたいメッセージが込められている。まさに小説でしかできない表現をやっていると感じました。

 小川洋子のエッセイに書いてあったのですが、彼女は『アンネの日記』をこよなく愛しており、実際にドイツを訪れた経験もあるそうです。(詳しくは『犬のしっぽを撫でながら』を読んでください!)

 おわりに

 今回は小川洋子の作品でした。このような作品を読むと、小説の持つ力や意義のようなものを感じ取れる気がします。本当に美しい作品でした。

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