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【標本バカ-外伝-】カタニアさんとモグラ (前編)

⚫︎はじめに⚫︎
国立科学博物館の「標本バカ」こと川田伸一郎先生による新連載がスタートしました! 標本づくりのこと、専門のモグラのこと、展示のこと、本のこと、標本バカな日常のことを不定期で配信します。
記念すべき第1回目は『カタニア先生は、キモい生きものに夢中!』のおはなし。

(絵 浅野文彦 /題字 川田吉永)



彼が飼育していたホシバナモグラを見た時の感動は忘れられない。


by Fumihiko Asano

カタニアさんとの出会い

 昨年の夏のこと。とある出版社から献本が届いた。何だろうと開けてみると、そのタイトルが『カタニア先生は、キモい生きものに夢中!』という。なんとこれはアメリカはテネシー州のナッシュビルにあるバンダービルト大学のケネス・C・カタニアさん(通称ケン)の本らしい。

 ケンは僕が初めて海外旅行した際に面倒をみてくれた方である。1998年に名古屋大学大学院の博士課程に入学してモグラの採集を特訓していた僕は、その年、彼からモグラの鼻先に存在する超高感度感覚受容器「アイマー器官」の研究のために、日本のモグラの標本を送ってほしいと頼まれたのだ。それがすべての始まりだった。
 彼からの手紙(e-mail)は、モグラを10%ホルマリンで潅流固定(点滴で血管にホルマリンを入れていく標本作成法)してほしいというものだった。ところが当時の僕にはそんな器用なことができる腕はなく、「できません」と返事をしたところ、それなら鼻先を切り取ってホルマリンにつけてくれれば大丈夫、とのこと。そのころ順調に採集できていたコウベモグラとヒミズの鼻を送ってあげた。彼はお返しにホシバナモグラとヒメセイブモグラ(アメリカ西海岸に分布するモグラ)の液浸標本を送ってくれた。この標本は長らく僕の宝物だったが、今では国立科学博物館の登録標本として大切に保管されている。

 一年後、僕はロシアに留学することになり、それまで海外経験がなかった僕はカタニアさんの下で海外モグラ採集修行を経験する。彼が飼育していたホシバナモグラを見た時の感動は忘れられない。

モグラのstar

 というわけで、カタニアさんといえばホシバナモグラである。
 奇妙な22本の触手を鼻面に持つ「キモい」モグラ、その「星」(カタニアさんは会話ではその鼻をstarと呼んでいた)について機能や発生など様々な観点から研究し、ついにはかの「Nature」誌の表紙に「星」のアップが使われるなど、モグラ業界における偉業を成し遂げた。

 『カタニア先生は、キモい生きものに夢中!』には彼がどのようにしてホシバナモグラにたどり着いたのかが詳しく書かれている。カタニアさんのところを訪ねた時、「ケンはどうやってモグラに興味を持つようになったの?」といった気の利いた話でもできればよかったのだろうけど、僕の英会話能力たるもの、今でも恥ずかしい限りで日常会話もおぼつかない。この本はそういった彼とモグラの出会いについてまで知ることができるのが、僕にとっては魅力である。

ヘビも、デンキウナギも、ハチも

『カタニア先生は、キモい生きものに夢中!』目次

 本書では、そんなホシバナモグラの「星」についての謎と、それを解明していく様子が冒頭の第1章と第2章に登場する。また、デンキウナギが狩りの際に見せる不思議な行動や、彼は爬虫類の飼育も大好きなことから、頭部に生えた謎の突起を駆使して水中で狩りをするヒゲミズヘビについても書かれていて、いずれも興味深い。最後の章では僕が少し前に監修した科博の特別展「大地のハンター展」でも紹介したエメラルドゴキブリバチの行動についても記されていた。
 カタニアさんの好奇心たるや、脊椎動物にとどまらない。

 とにかく、カタニアさんのこれまでの業績が一挙にまとめられている。
 そして当然ながらどの章もとても面白いのだが、特に僕が大好きな章について、少し書こう。


カタニアさんとモグラ(後編)へ続く


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profile
川田伸一郎
国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹。1973年、岡山県生まれ。弘前大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了。名古屋大学大学院生命農学研究科入学後、ロシアの科学アカデミー・シベリア支部への留学を経て、農学博士号取得。2011年、博物館法施行60周年記念奨励賞受賞。著書に『モグラ博士のモグラの話』(岩波書店)、『モグラ-見えないものへの探求心』(東海大学出版会)、『はじめましてモグラくん-なぞにつつまれた小さなほ乳類』(少年写真新聞社)、『標本バカ』、『アラン・オーストンの標本ラベル』(ブックマン社)、監修した本に『もぐらはすごい』(アリス館)など。
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⚫︎お知らせ⚫︎

国立科学博物館で企画展「科博の標本・資料でたどる 日本の哺乳類学の軌跡」開催中!


⚪︎川田伸一郎の本⚪︎



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