空に浮かんだクレヨン|文=北阪昌人
「詩織、お誕生日、おめでとう」
「ありがとう、美玖」
久しぶりに会った美玖は、やっぱりきれいだった。最新トレンドの服を着こなすセンスも健在で、私はせめてもっといい靴を履いてくればよかったと後悔する。
指定された高層ビルのレストランからはビル群の灯りが見えた。
「誕生日、覚えていてくれたんだね」
私が言うと、「まあね」とくすっと笑った。
私と美玖は、建設会社の同期。同じ営業部に配属され、愚痴を言い合ったり、褒め合ったり、つらい新人時代をなんとか二人で乗り越えてきた。私は美玖がいなかったら、とうに会社を辞めていたし、美玖もきっと私がいたことで会社を続けられたのだと信じたかった。
でも、入社して8年目。美玖は会社を辞めてしまった。ショックだったのは、相談もなく、事前に何も教えてくれなかったこと。私は、美玖が辞めることを同じ部の後輩から聞いた。
なぜ、美玖は、私に何も言ってくれなかったんだろう。実はずっとわだかまりがあったが、聞けなかった。
「今度、大阪に転勤することになって、その、久しぶりに会っておこうかなって思って。それで、誘ったの」美玖が言った。
ボッと音が聴こえる。レストランのウエイターがデザートプレートのケーキのロウソクに火をつける音だった。火はすぐ消えた。
何度かカチカチと繰り返し、今度はボォ~と大きくついた。その音を聴いていたら、思い出した。それは、美玖と二人で出張した佐賀県。仕事帰りに現地のスタッフが言った。「今、嘉瀬川で、バルーンフェスタやってるんですけど、せっかくだから、見学していきますか?」
青い空にたくさんの気球が浮かんでいた。まるで空に何色ものクレヨンで色を置いたように美しかった。
ボォ~ボォ~ボォ~。バルーンにバーナーで熱した空気を入れる音が聴こえた。二人で川岸に座り、黙って空を見上げた。素敵な時間だった。悲観的な私は、社会人になって大切な友人ができるなんて思わなかった。でも、隣には美玖がいた。
「ごめんね」レストランでいきなり、美玖が言った。
「会社を辞めるとき、詩織に何も言わなかったこと、きっと怒ってるよね?」
うつむきながら美玖が言った。
「実はね、私、あなたに嫉妬してたの。っていうか、かなわないって思ってた。詩織は誰とでも仲良くなれて、明るくて自然で。私、実は、人と話すの苦手で。営業、すごくつらくて。でも、詩織がいたから頑張れた。ただ、いつまでもこのままじゃダメだって思って。なんか、なんかね、言えなかったの。ごめんね」
「佐賀で見た色とりどりのバルーン、覚えてる?」
いきなり私が言うと、美玖は、ゆっくりうなずいて、「私も今、思い出してた」と言った。
ロウソクの火をふっと吹き消す。わだかまりが吹き飛んで、心の空に気球が舞い上がった。
※この物語はフィクションです。次回は2024年1月号に掲載の予定です
出典:ひととき2023年11月号|
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