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あの頃が作品に生きている(作家・柴崎友香)|わたしの20代|ひととき創刊20周年特別企画

旅の月刊誌「ひととき」の創刊20周年を記念した本企画わたしの20代。各界の第一線で活躍されている方に今日に至る人生の礎をかたち作った「20代」のことを伺いました。(ひととき2021年9月号より)

 20歳のときは大阪の大学生でした。専攻した「人文地理学」は、わかりやすく言うと「ブラタモリ」みたいなこと。いつも歩いている町の成り立ち、歴史や地形がわかるのは、とても興味深かったです。90年代前半の大阪はバブルの名残の再開発で風景が変わっていく時期でした。新しい繁華街のすぐ裏に古い路地がそのままある。人の気配が残る場所が好きで、写真部に入って町を撮り、暗室で薬品まみれになっていました。

 子どものころから小説家になると思っていたので、就職活動は周りが真剣になって初めて、「そうか、無職では困るな」と動くことにしたんですが、就職氷河期でままならず。ギリギリのタイミングで就職できたのが、産業機械の会社でした。金ボタンの制服を着て、お昼にはポーチを持ってランチに行く。学生時代には想像もしていなかった毎日でした。自分は会社員には向かないと思っていましたが、制服姿を見た友人に「コスプレ」と言われて、世の中の「サラリーマン」「OL」と言われる人たちも、それぞれに素顔があって、みんなその役を演じている、ロールプレイングなんだ。そう思うと、気が楽になりました。

 仕事も楽しくて、趣味で小説を書く人生もちょっと考えましたが、やっぱり30歳までに小説で生活できるようにしたかった。それで就職した23歳から30歳までの7年間の前半でお金を貯めて、残りは小説を書くと決め、4年で退職しました。幸い、在職中にデビューはしましたが、新人の私のことは誰も知らない感じで、退職後1、2年はほとんど仕事もなく、どうしようかなと思っていたら、『きょうのできごと』という作品の映画化の話が来て。とても運がよかったと思います。何より、行定勲監督が私の本を手に取ってくれたことがうれしかった。読んでくれている人がいるんだと。

 20代は、休みの日には京都に通って、カフェで知り合ったあだ名しか知らない人や、永遠に学生なんじゃないのと思うような不思議な人たちと知り合って、遊んでました。友達からその友達へと、人と繋がっていくうちに、世界が広がって。学生、会社員から作家へと、目まぐるしく環境が変化した20代の経験は、私の小説に生きています。

談話構成=ペリー荻野

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大学時代、写真部の部室で

柴崎友香(しばさき・ともか)
作家。1973年、大阪府生まれ。2000年刊行の『きょうのできごと』が行定勲監督によって映画化され、一躍、新進気鋭の作家として注目を浴びる。2007年に『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞、2010年に『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、2014年に『春の庭』で芥川賞を受賞。

出典:ひととき2021年9月号


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