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【国立能楽堂開場40周年記念】|「せんだがや夏祭り in 国立能楽堂」レポート
国立能楽堂は、2023年9月、開場40周年を迎えます。今春からさまざまな催しが企画・開催されるなか、去る7月27日(木)に、「せんだがや夏祭り in 国立能楽堂」が開催されました。能楽の普及や千駄ヶ谷地域の魅力発信のため、今回初めて開催されたイベントです。
当日は渋谷区千駄ヶ谷にある国立能楽堂、将棋会館(日本将棋連盟)、東京二期会と、近隣の明治神宮野球場をホームグラウンドとする東京ヤクルトスワローズから、素敵なゲストの皆さんが集まりました。
夏休み中ということもあって、会場はたくさんのお客様で大盛況でした。司会進行は、渋谷区観光協会の西祐美子さん。客席の皆さんに“来場のきっかけ”を西さんが聞いてみると、国立能楽堂に初めて来たという方と、来たことがある方が、ほぼ半々でした。
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最初に登場したのは、シテ方宝生流能楽師の武田伊左さん。
能楽について、「まずは自分の興味のある観点からご覧になってみてください。音楽に興味のある方は謡と楽器の演奏、ふだん美術館にいらっしゃる方は装束や面、歴史や文学が好きな方は、能の演目のストーリー、日ごろ忙しくて休む場がないから、ちょっと寝る時間が欲しい……という方には、その時間として活用していただければと思います。心地よくなければ眠くならないはずです。眠くなったら、きっと能楽と自分の気持ちの波長が合っているんだな、とあまり自分を責めないでください」、とユーモアたっぷりのお話に場内から笑いが。場内がすっかり打ち解けた雰囲気になりました。
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そして、実演は能「猩々」です(*1)。
(*1)「猩々」は、現代のイメージではオラウータンのような全身真っ赤で長い毛に覆われた動物で、中国古典が源泉の架空の動物。能「猩々」は、親孝行の男・高風が夢のお告げに従って揚子の市で酒を売ると次第に富み栄えるようになる。いつも高風から酒を買い求めていた猩々は、酒の御礼にいくら酌んでも尽きることがない酒の壺を贈って舞い、酔いに任せて最後は臥せる。じつはこれも夢だったが、酒壺は残って、高風の家は末永く栄えたという。
「猩々」の終わり近く、猩々が、川のほとりで舞を舞う場面。武田さんが、扇を使い、お酒を汲み、盃にお酒を受けて、後ろ向きに下がって酩酊している様子を見せ、最後は扇で顔を覆い伏せて寝てしまう、というのが一連の動きです。一連の動きを解説しながら見方を説明しました。
ここで、謡の一節「世も尽きじ」を、客席の皆さんと唱和してみました。曲と舞の解説、実際に謡の一節を体験し、はじめて来場した皆さんも、今までよりずっと能楽が身近に感じられたのではないでしょうか。そして、最後に武田さんが謡と舞を披露しました。
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つづいて、女流棋士の室谷由紀さんが登場しました。
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JR千駄ケ谷駅前から徒歩数分、鳩森八幡神社近くにあるのが将棋会館です。4、5階ではプロの公式戦が行われる場所としても知られています。国立能楽堂の周辺には、棋士が対局中に注文する“将棋めし”のお店が点在しています。
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室谷さんは、「千駄ヶ谷大通り商店街には、人気コミック『3月のライオン』(羽海野チカ作)のキャラクターがデザインされたマンホールがあるので、ぜひ見つけてみてください」と将棋をめぐる色々な楽しみ方を話してくれました。ところで、日本将棋連盟は来年2024年で設立100周年を迎えます。将棋会館は2024年秋に東京体育館の目の前、津田塾大学の近くに移転予定。新しい施設も楽しみです。
そして津田塾大学と言えば、当日の舞台進行のお手伝い、プログラムの編集制作に活躍したのが「津田塾大学梅五輪プロジェクト」の皆さんです。2020年東京オリンピック・パラリンピック開催を機に地域の活性化や日本文化を世界へ発信する活動などを展開しています。
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室谷さんにつづいて、今度は東京二期会より、オペラ歌手の七澤結さん、ピアニストの天日悠記子さんの登場です。最初は、プッチーニ作曲、オペラ『つばめ』より「ドレッタの夢」。能楽堂いっぱいにピアノの調べ、ソプラノの美しい歌声が広がります。
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と、先ほど登場した能楽師の武田さんが再び登場し、能舞台の後見座(*2)の位置に座りました。
(*2)「後見」は、能楽の舞台において、能楽の上演中、「シテ」や「ワキ」の装束の乱れを直したり、演出上必要な場合に装束の一部を替えたり、烏帽子などの被り物を着せたり、舞台上で使用される道具の出し入れを行うなどの役割を担う。また上演中、万一、「シテ」や「ワキ」に舞台進行上支障が生じた際は、すぐに替わって、それ以降の代役を務めるという重要な役割がある。後見座は後見が控える位置のこと。
次の曲はオッフェンバック作曲、オペラ「ホフマン物語」より「オランピアの歌」。登場人物の一人オランピアは、ゼンマイ仕掛けの人形という設定です。
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すると、なんと武田さんが、止まってしまった人形のゼンマイを巻き直しました! ピアニストの天日さんが、ラチェットという楽器でゼンマイが巻かれる音を表現します。見事なコラボレーションでした。
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演奏後、七澤さんが、「オペラを見たことがある方は?」と会場に声をかけると、次々と手が上がります。「結構いらっしゃいますね。能舞台は響きが良くて、とても心地よく歌わせていただきました。最初の曲は『つばめ』。これは、今日は後ほど、つば九郎さんがご出演ということで、狙ってきました…」というお話に場内から笑い声が。
天日さんは「国立能楽堂でピアノを演奏できる日がくるとは思いませんでした」と話し、七澤さん共々、「ヨーロッパと日本の伝統芸術の重なりで素晴らしい舞台になりました」と感激の面持ちでした。
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昨年、創立70周年を迎えた東京二期会は、今秋、東京・上野で「Tokyo Opera Days」を開催予定。七澤さんも出演のオペラ「ドン・カルロ」が上演されるほか、国立能楽堂とのコラボイベントも予定されています。
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休憩後、開演5分前のブザーが鳴り、後半が始まります。後半最初は、国立能楽堂支配人の佐藤和男さん、日本将棋連盟理事で将棋棋士(九段)の森下卓さん、東京二期会マーケティング部の松田善幸さん、から会場の皆さんに御挨拶がありました。
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そしていよいよ、今回大注目のゲスト、東京ヤクルトスワローズマスコットキャラクター・つば九郎さんの登場です! 能楽に欠かせない、笛(能管)の音が聞こえ始めると、一瞬、場内が静まります。
揚幕がさっと上がり、つば九郎さんが姿を現すと、「わぁっ」「きゃあ」という大歓声とともに、ひときわ大きな拍手と笑いが沸き起こります。
「橋掛リ」を能舞台へと進む、つば九郎さん。手をかざしながらあちらこちらを眺め、興味津々の様子。と、宝生流第二十代宗家・宝生和英さんの登場です。
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「ちょっと、つば九郎。さっきお稽古したときは上手にできてたのに…」と注意する宝生和英さん。「おしえかたが わるい(教え方が悪い)」と返すつば九郎さん。
と、足もとを見れば、つば九郎さんもキリリと白く輝く足袋を履いています! じつはこの白足袋は、国立能楽堂内の売店、小林能装束店さんが今回特注品として制作したもの。実際につば九郎さんの足を型どりして仕立てられた、本格的な仕様です。
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そして、なんと今回は特別に、宝生和英さん直々に、能の基本の構エの型を始め、上半身を揺らさないように歩く能楽特有の歩き方(運ビ)を稽古します。さらに、つば九郎さんが使用する扇は、宝生流の扇(*3)に、東京ヤクルトスワローズのロゴマークが入った特注品です。
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(*3)扇は、流儀によって骨の部分の形や模様が異なる。
つづいて、鳥が羽ばたくような動きで、喜びや勇ましさを表現する型の「諸手勇扇」を稽古します。宝生和英さんのわかりやすい解説に、さすがはつば九郎さん、日頃プロ野球選手の皆さんの動きを熟知しているだけに、能楽の型の動きもすぐに掴んで、見事に決まりました。
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つば九郎さんの能楽体験稽古のあとは、宝生和英さんが『船弁慶』のクライマックスの(平知盛の亡霊が海上に現れ、源義経一行と対峙、闘う)場面を披露します。鋭い笛の音に、勇壮な舞が繰り広げられました。
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つば九郎さんは老松が描かれた鏡板の前に仁王立ち。披露後、宝生和英さんが「背後からの圧が凄かった…」と感想を漏らすと、会場はふたたび笑いと大きな拍手が沸き起こりました。
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そして、本日の前半の出演者の皆さんが再び登場。トークセッションです。普段はそれぞれの分野で活躍される皆さんが、それぞれに感じた今回のイベントへの感想、特に室谷さんや七澤さん、天日さんは、白足袋を履いての舞台への緊張感や印象を話しました。
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皆さんそれぞれが、そもそもどんなきっかけで始め、これまで進んできたか、どんなことに魅力を感じているか、大変だったことや、現在の活動への思いなどを語り合いました。それぞれの分野で、普段どのくらい練習、稽古をしているか、その内容や時間の使い方などについてのお話はとても興味深いものでした。
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さらに、ふたたびつば九郎さんと、宝生和英さんが登場。司会の西さんに「今日の稽古体験はいかがでしたか?」と振られると、「じょせいに かこまれ きんちょう(女性に囲まれ緊張)」との回答に、会場は大爆笑。最後は、来場の皆さんとのフォトセッションで締めくくられました。
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はじめて国立能楽堂へ来た方も、能楽ファンの方も、いつもと違った雰囲気で大いに盛り上がった「せんだがや夏祭り in 国立能楽堂」。
歴史、文化、芸術、スポーツ……さまざまな分野の団体や活動場所が点在する渋谷区千駄ヶ谷で行なわれた今回のイベントをきっかけに、これまで見たり聞いたりしたことがなかったことに興味を持つきっかけになったのではないでしょうか。当日登場されたゲストの皆さんも、とても楽しんでいた様子が印象的でした。
【出演者プロフィール】
宝生和英
昭和61年生まれ。東京都出身。父である第十九世宗家宝生英照に師事。宝生流能楽師佐野萌、今井泰男、三川泉の薫陶を受ける。平成3年、能「西王母」子方にて初舞台。平成20年に宝生流第二十代宗家を継承。これまでに「鷺」「乱」「石橋」「道成寺」「安宅」「翁」、一子相伝曲「双調之舞」「延年之舞」「懺法」を披く。伝統的な公演に重きを置く一方、異流競演や復曲なども行う。海外ではイタリア、香港、UAEを中心に文化交流事業を手がける。平成20年東京藝術大学アカンサス音楽賞受賞、平成31年第40回松尾芸能賞新人賞受賞。令和5年よりミラノ大学客員教授に就任。宝生流公式HP。
武田伊左
平成2年生まれ。シテ方宝生流武田孝史の長女。二十世宗家宝生和英、高橋章、武田孝史に師事、平成6年、仕舞「絃上」にて初舞台、平成25年、能「吉野静」にて初シテ。東京藝術大学在学中に安宅賞、同大学大学院にてアカンサス賞受賞。アメリカ、韓国、イタリア、フランス、UAEなど海外での能公演に携わり、自らもデンマークにて能楽普及プロジェクト「NOH+DENMARK」を発足させ代表を務める。国内外にて公演やイベントの企画運営に携わり、英語でのワークショップや他分野の方との体験講座を催し、能の魅力を発信する活動にも力を入れている。喜祥会主宰。
※「喜祥会」の「祥」の偏は、正しくは「示」。
室谷由紀
平成5年生まれ。大阪府出身。森信雄七段門下・女流三段。6歳から将棋を始め、中学時代、女流アマ棋界で活躍後、平成22年女流棋士になる。平成28年初のタイトル挑戦。平成27年度女流棋士賞・女流最多対局賞受賞。平成28年女流最多対局賞受賞。令和3年女流三段に昇段。
七澤結
東京藝術大学大学院及びパリ・エコール・ノルマル音楽院オペラ科修了。オペラでは『皇帝ティートの慈悲』セルヴィリア役、『イドメネオ』イリア役等で出演の他、『メサイア』『第九』等のソリストとしても活躍。東京音楽コンクール入選。日仏声楽コンクール第2位受賞。10月、東京二期会『ドン・カルロ』天よりの声にて出演予定。日本フォーレ協会会員。二期会会員。七澤結Instagram。
天日悠記子
都立芸術高等学校、東京音楽大学を経て、同大学院修士課程鍵盤楽器研究領域ピアノ伴奏科修了。平成27年イタリアに於いてアレッサンドロ・ベニーニ氏のもとでオペラ伴奏の研鑽を積んだ。これまでに数多くのオペラプロダクションに携わり、東京二期会オペラ劇場では『魔弾の射手』『サロメ』『椿姫』『こうもり』『メリー・ウィドー』『天国と地獄』など多数の公演でコルペティトールを務める。また演奏会や合唱団の伴奏等、共演ピアニストとして国内外で演奏活動を行なっている。新都民合唱団ピアニスト。
つば九郎
東京ヤクルトスワローズ マスコットキャラクター。公式ブログ。
(司会)西祐美子
一般財団法人渋谷区観光協会・渋谷のラジオ(87.6FM)「渋谷つながる部」パーソナリティ。
文・写真=根岸あかね
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