炭焼長者の小五郎の姿と重なる「竈門炭治郎」 |『鬼滅の刃』ヒットに潜む異界の符牒(1)
文・ウェッジ書籍編集室
昨年10月に公開された映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は、公開から半年以上経過するいまもロングランであり、コロナ禍で苦境にあえぐ映画業界で「鬼滅特需」とも呼べるべき現象をもたらしています。コロナ禍のいま、漫画やアニメ、映画の作品を通して、あらためて世相と重ねながら「鬼」という存在を身近に感じた人も多いことでしょう。
節分行事や桃太郎伝説などで、もともと日本人には身近な存在であった「鬼」ですが、『鬼滅の刃』では従来のイメージを超えた新たな鬼の姿が描かれています。
この連載では、國學院大學准教授・飯倉義之先生が監修を行う『鬼と異形の民俗学――漂泊する異類異形の正体』(ウェッジ刊、7月発売予定)から、『鬼滅の刃』の登場人物などを民俗学的視点から読み解いていきます。1回目は竈門炭治郎(かまどたんじろう)です。
各地に残る炭焼長者伝説
『鬼滅の刃』では、主人公・竈門炭治郎の生家は代々、炭焼を生業としていた、という設定になっています。炭焼は木炭を作って売っていた業者で、おもに山間の住民が務める地味な仕事でしたが、そんな炭焼が結婚を機に長者になるという民話が、どういうわけか日本各地にみられます。
一例として、大分県に伝わる「炭焼長者」伝説のあらすじを紹介します。
京のある姫は顔に痣(あざ)があったため、良縁に恵まれなかったが、観音のお告げで豊後へ赴き、炭焼小五郎と出会って妻となる。姫は小五郎に金の小判を与えて買い物に行かせるが、小五郎は「こんなものは炭焼の山にはいくらもある」といって小判を渕に投げ棄ててしまう。だが、姫に小判の値打ちを教えられると、小五郎は身辺に黄金(こがね)をたくさん見つけ、たちまち長者となる。そして姫が渕で顔を洗うと、痣がとれて美人となった。
大分県豊後大野市三重町の内山観音(蓮城寺)ではこの話が縁起と結びついていて、寺を開いたのは長者となった小五郎ということになっています。そして、これと同じような民話は、主人公の名を五郎、藤太などと変えながら、北は青森、南は沖縄まで、全国各地に伝わっているのです。
木炭は昭和30年代まで日本人の日常生活に欠かせないものだった。
痣があったという点で一致する炭治郎
なんとも不思議なことですが、柳田國男氏は、炭焼を副業として各地をめぐり歩いていた「金売り」(砂金などを売買する人)が流布させていたのではないか、と推測しています(「炭焼長者」)。
なぜ金売りが炭焼を行ったのかというと、金売りは諸処に仮住して鋳物業を営んでいましたが、金属の製錬には木炭が欠かせなかったからです。つまり、諸国を遍歴した炭焼兼鍛冶師の民間伝承ではないか、と推測されるのです。
炭焼長者伝説にみえる「姫」は、ちょっと妹の竈門禰豆子(ねずこ)を連想させるところがありますが、顔に痣があったという点では炭治郎と符合します。
また、凶悪な鬼を討伐して「英雄」となり、至上の栄誉を手にした点では、炭治郎もまた長者のうちに含められるでしょう。
そう考えてみると、『鬼滅の刃』において、主人公が炭焼というマジカルな職能に就いていたという設定は、なかなか含蓄のある演出ではないでしょうか。
内山観音にある巨大な般若姫像。手前には炭焼長者伝説に登場する玉津姫と炭焼小五郎の像が立つ(大分県豊後大野市)
――『鬼と異形の民俗学――漂泊する異類異形の正体』(飯倉義之監修、ウェッジ刊)は7月に発売予定です。ただいまネット書店で予約受付中です。
【目次】
第1章 鬼と異形の系譜
―古典・伝説にあらわれた異類たちを読み解く
第2章 日本の闇に蠢く「異形のもの」列伝
―異界からの訪問者を総覧する
第3章 呪術者・異能者たちの群像
―怪異と対峙した「鬼殺隊」の原像
第4章 鬼と出会える聖地
―闇の民俗とパワースポットをめぐる
◎コラム
・鬼舞辻無惨と八百比丘尼
・竈門炭治郎と炭焼長者
・「全集中の呼吸」と剣術
・竈門炭治郎と竈門神社
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