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大人気のホーロー鍋!愛知ドビーの「バーミキュラ」開発物語

今日も日本のあちこちで、職人が丹精込めた逸品が生まれている。そこに行けば、日本が誇るモノづくりの技と精神があふれている。これは、そんな世界がうらやむジャパンクオリティーと出会いたくててくてく出かける、こだわりの小旅行。さてさて、今回はどちらの町の、どんな工場に出かけよう!(ひととき2016年10月号 「メイドインニッポン漫遊録」より)

食材の美味しさを引きだす魔法の鍋

 プロの料理人をはじめ、料理研究家や有名ビストロの店主、お洒落なライフスタイルショップのオーナーなど、食や生活の質にこだわる人たちがこぞって使っているメイドインジャパンのキッチンウェア(調理器)がある。バーミキュラという鋳物ホーロー鍋だ。

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 このちょっと変わった商品名は、「バーミキュラ鋳鉄(ちゅうてつ)」という鋳物の特殊材質から名付けられた。熱伝導に優れて強度も高いバーミキュラ鋳鉄は、無水調理ができる鋳物ホーロー鍋にとって最高の材質である。無水調理鍋はフランスのル・クルーゼやストウブなど、これまで欧州の有名ブランドの独壇場であった。ところがバーミキュラは、「肉や魚、野菜の火の通り方が違う」「シンプルな料理がより美味しく感じられる」「子供が嫌いな野菜を食べるようになった」などなど、平成22年(2010)に発売以来その評判が口コミで広がり、今やあまりの人気で半年以上待たなくては購入できないという(2016年9月現在)。

 それでも「バーミキュラで料理をしたいから何カ月でも待ちます」という声が後を絶たない、食材本来の美味しさを引きだす魔法の鍋。ワレワレはその人気の秘密を知りたくて、今回は名古屋へと向かったのであります。

 名古屋駅から車で15分ほど西へ走ると中川区に入る。かつては東洋一の大運河と呼ばれた中川運河が流れていて、バーミキュラを造っている愛知ドビーは、中川運河にほど近い住宅地のなかにある。さぞや大きなメーカーだろうと思って訪ねると、意外にも昔ながらの町工場なのだ。

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映画「泥の河」のロケ地・小栗橋近く、中川運河の夕景

 創業昭和11年(1936)。社名である繊維機械のドビー織機のメーカーとして発展を遂げたが、繊維産業の衰退と共に工業部品の下請け工場になってしまっていた。

 「子供の頃に遊んでもらっていた職人さんも次々に辞めて、みんな下を向いて暗い顔をして働いていました。そんな工場を見て何か恩返しできないかと一大決心したのです」

 そう熱く語るのは土方邦裕社長だ。世界に誇れるメイドインジャパンを開発したのは、そんな熱血溢れる兄の邦裕さんと、クールで理論派の副社長、弟の智晴さんの土方兄弟である。

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邦裕さん(右)と智晴さん。バーミキュラは新規事業をあれこれ考える中、研究熱心な智晴さんが書店で思いついた

土方兄弟のバーミキュラ開発物語

 平成13年、一大決心した邦裕さんは勤めていた総合商社を辞めて、愛知ドビーの3代目社長を継ぐべく入社。自らも工場の現場に入り、職人たちと一緒に鉄を溶かして鋳型に流し込み、鋳造の技術を習得していった。

 経営は少しずつ持ち直してきて、ほどなくして兄と同じ思いを抱いていた弟の智晴さんも、勤めていた大手自動車メーカーを辞めて入社、精密加工部門を任される。こうしてようやく工場は活気を取り戻しつつあった。

 しかし土方兄弟は、会社を存続させるためには何か新しい事業が必要だと強く感じていた。そこで鉄を溶かして形を作る鋳物と、鉄を精密に削る精密加工という、愛知ドビーが長年培った職人の技術を駆使して「町工場から世界最高の製品を造ろう!」と開発に挑んだのが、鋳物ホーロー鍋バーミキュラなのだ。

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使いやすく、美しいデザイン。単なる料理人の道具ではなく、素材本来の味を引き出す世界一の鍋を目指したという。淡いカラーは有害なカドミウムを用いないため(18センチ税抜22,000円~)

 とはいえ開発は困難を極めた。まず鋳物にホーロー加工するという技術が日本では実績がなく、まったくできなかった。釉薬を吹き付けた鋳物を焼くと鍋の表面に泡ができて不良品になってしまうのだ。1年がかりでどうにか技術の目処(めど)はたったが、続く難題が精密加工だ。どうしてもホーロー加工の段階で鋳物が熱で歪んでしまい、鍋と蓋に隙間ができてしまう。わずか1/100ミリ単位でも隙間があっては、無水調理ができる完璧な鋳物ホーロー鍋とは言えない。

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厚さ3ミリの鋳物を0.01ミリ以下の精度で削る

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釉薬を均一に吹き付け、乾燥後800度で30分焼く作業を3回繰り返す

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1500度に熱した鉄を1つ1つ手作業で型に流し込む。温度と流すスピードが肝心

 何万個と作っては試行錯誤を繰り返す日々。開発から3年が経ったある日、試作品でカレーを作ったところ、邦裕さんが「味が全然違う! 美味しい!」と大嫌いな人参まで完食したのだ。よし、これならいける! ついにバーミキュラは完成したのである。

 さっそく社長の邦裕さんの案内で、バーミキュラの工場見学をさせてもらうことにした。

 うひゃあ、真っ赤に燃えたぎる1500度で溶かした鉄を、巨大な容器から鍋の型に職人が手作業で流し込んでいる。遠くから見ているだけでも熱いのに、邦裕さんはすぐ近くに立って「スピードが勝負で3.5秒で流します。4秒じゃ遅いんですね」と説明してくれる。精密加工の工程では、冷めて型から取り出した鍋と蓋を、薄紙1枚ほどの隙間も作らないように何度も計測して削る。そうして精密に整えられた鋳物の鍋は、釉薬を吹き付けて800度で焼かれていくのだ。

 昔ながらの鋳物工場と新しいオフィス棟は、仲良く向かい合って建っている。オフィス棟にはコールセンターと、オープンキッチンまである。毎日ここで専属のシェフがレシピ開発を兼ねてバーミキュラで料理を作り、ランチタイムに試食会を開いているのである。

 キッチンからぷ~んといい匂いがしてくる。本日のメニューはアクアパッツァ、ポットロースト、カレー、ラタトゥイユ、焼きたてパンと炊きたてご飯。すると邦裕さんが「一緒にどうですか」と言うではありませんか。

 社長と副社長も口々に「今日もうまいでいかんわ」と言いながら、社員みんなでキッチンを囲んで試食会を楽しむ。バーミキュラの人気の秘密は、こんなところにもあるんでしょうね。

 いであつし=文 阿部吉泰=写真

いであつし(コラムニスト)
1961年、静岡県生まれ。コピーライター、「ポパイ」編集部を経て、コラムニストに。共著に『“ナウ”のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い?“イマどき”の賞味期限』(世界文化社)など。
●愛知ドビー
<所在地>愛知県名古屋市中川区宗円町1-28 
<URL>http://www.a-dobby.co.jp/
    http://www.vermicular.jp/(バーミキュラ特設サイト)

出典:「ひととき」2016年10月号
※この記事の内容は雑誌発売時のもので、価格など現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。



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