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【遊山箱】ご馳走と思い出を詰め込む“阿波の玉手箱”(徳島県徳島市)

日本全国の“地域の宝”を発掘する連載コーナー「地元にエール これ、いいね!」。地元の人々に長年愛されている食や、伝統的な技術を駆使して作られる美しい工芸品、現地に行かないと体験できないお祭など、心から「これ、いいね!」と思える魅力的なモノやコトを、それぞれの物語と共にご紹介します。(ひととき2021年3月号より)

 遊山箱(ゆさんばこ)。名前を聞いただけで心が浮き立つそれは、江戸時代から昭和中期まで雛祭りや特別な行事で徳島の子どもたちが使っていた、小さな木製重箱。塗りの施された外箱は梅や桜など華やかな柄で彩られ、春の訪れを告げるかのよう。持ち運べる取っ手も付いている。

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「漆器蔵いちかわ」の遊山箱。大人の掌にのるほどの小ぶりなサイズで、ひょうたんや桜など側面の抜き型もさまざま

 地元で忘れられつつあったこの遊山箱を復刻したのが、「漆器蔵(しっきぐら)いちかわ」の店主・市川貴子さん。付き合いのあった越前漆器の営業担当者に相談を持ちかけ、試行錯誤を重ねて完成にこぎつけた。

「遊山箱を見ると子どもの頃に友達と野山を駆け回って遊んだ記憶が甦るんです。風や川の匂い、菫(すみれ)や猫柳、蕗の薹(ふきのとう)にれんげ草。重箱の中身は太巻きや煮しめ、寒天にういろう、食紅で染めて桃の形にしたゆで卵も。普段は食べられない大変なご馳走でした」

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徳島独自の遊山箱文化を伝えていきたいと語る市川貴子さん

 重箱は太巻き3つか4つで一段がいっぱいになる小さなもの。食べて空になると家に帰ってまた詰めてもらい、遊びに戻ったという。

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「漆器蔵いちかわ」には職人が一つ一つ手作りした遊山箱が並ぶ 

「遊山する」という節句の習わしは農耕とも関わりが深い。山と里を行き来する子どもたちの背景には、田の神を迎え農作業にとりかかるという行事があった。

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遊山箱を持って遊んだ昭和の子どもたち 写真提供=阿南市役所

 復刻された遊山箱は新聞で取り上げられ評判に。「県外からわざわざ買いに来てくれた方もいたんですよ」と市川さんはうれしそう。

 古くから木工の盛んな徳島で家具作りを営む「江淵鏡台店(えぶちきょうだいてん)」では、阿波指物(さしもの)の伝統技術を生かし遊山箱を制作。自分だけのオリジナルが作れる絵付け体験が人気だ。

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海外の方への贈り物にとオーダーを受けた遊山箱(江淵鏡台店)

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手際よく遊山箱を組立てる「江淵鏡台店」の後藤翼さん

 スイーツを詰めた遊山箱をメニューに取り入れているのが「やまなみ珈琲店」。季節のフルーツサンド、プチケーキ、焼き菓子……仲間と囲めばおしゃべりも弾みそう。

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優雅なアフタヌーンティー気分が味わえる「やまなみ珈琲店」のスイーツ遊山箱

 かつて子どもたちの幸せな時間とともにあった遊山箱。その小さな一段一段には、消えることのないきらきらした思い出が詰まっている。「阿波の玉手箱」とも呼ばれるこの愛らしい遊山箱を、当地でぜひ手に取ってみてほしい。

文=宮下由美  写真=阿部吉泰

ご当地◉INFORMATION
徳島市のプロフィール
四国一の大河吉野川の河口に位置し、市内に138本もの川が流れる水都。市のシンボルにもなっている眉の形をした山・眉山〈びざん〉では、四季折々の景色が楽しめる。夏の風物詩として有名な阿波踊りや阿波人形浄瑠璃など、さまざまな伝統文化が今日に継承されている。お遍路の四国八十八カ所札所のうち5カ所が市内にあり、札所まいりも人気。
●問い合わせ先
漆器蔵いちかわ
☎088-652-6657
https://www.ichikawa-yusanbako.com/
江淵鏡台店
☎088-622-1314
https://www.ichikawa-yusanbako.com/
やまなみ珈琲店
☎088-669-3052
http://yamanami-coffee.jp/
*営業状況を確認してからお出かけください

出典:ひととき2021年3月号
※この記事の内容は雑誌発売時のもので、現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。


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