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海外留学で気づいた自分の物事の見方(エッセイスト・岸本葉子)|わたしの20代|ひととき創刊20周年特別企画

旅の月刊誌「ひととき」の創刊20周年を記念した本企画わたしの20代。各界の第一線で活躍されている方に今日に至る人生の礎をかたち作った「20代」のことを伺いました。(ひととき2021年7月号より)

 20歳になった1980年代前半は、若者文化が華やかでしたが、私は大学とアルバイト先と下宿の三角形を行き来して自活する毎日でした。就職活動のときは、女子の求人はゼロか若干名という企業がほとんど。面接に行くと「結婚したら辞めますか」と聞かれる。社会に出るのは厳しいと焦りました。それでも三角形から出たい願望があって、NHKのドキュメンタリー「シルクロード」のような番組作りに関わりたいと採用試験を受けましたが、希望はかなわず。いろいろと探す中で保険会社から内定をもらったときは、ほっとしました。

 仕事は残業も多く、今度は家と職場の2地点往復になりました。このまま年を取っていくのか、いっぺんでいいから場所を変えてみたいと思い、3年ほどで会社を辞めて中国に留学しました。漢字が読めればなんとかなるかなと(笑)。当時の中国は物が少なく、座布団を作ろうとしても中綿は国営商店になくて、たまに来る「綿売り」を待たなくてはいけない。そういえば昼間から道にしゃがんだ人がたくさんいる。みんな様々な〝たまに来る人〟待ちなんだって知りました。初めての異文化体験で、自分は世界経済のような大きなことより、生活の中の細かいことを楽しむ人間なのだと発見できたと思います。

 帰国後は、留学中の縁で新聞社内の出版局で原稿を書き始めました。その後、台湾旅行で面白かったことを忘れたくなくて、夢中で書いたら原稿用紙300枚になり、仕事先に持ち込むと本になったんです。出版担当の人に「本にしたいとA41枚の企画書を持ってくる人はたくさんいる。でも、大事なのは時間と体力を使って300枚書き抜けるかだ」と言われ、自分はこの仕事に向いているのかなと思いました。

 自分探しでじたばたした20代は、真剣に悩んでいる方がカッコいいと信じて、楽しいこともいっぱいあったはずなのに認めたくなかった。30代に入ってやっと肩の力が抜けた気がします。今年は初めての句集を出すために版元探しからひとりで進めました。改めて、私はこれまでたくさんの人に助けられてきたのだと実感し、仕事人生の原点に戻った気持ちでいます。

談=岸本葉子 構成=ペリー荻野

平松300

ライターとして活躍していた当時、仕事先の会社近辺で
岸本葉子(きしもと・ようこ)
エッセイスト。1961年、神奈川県生まれ。東京大学卒業後、保険会社勤務、中国留学を経て、本格的な執筆活動に入る。旅や食、暮らしを描くエッセイが人気で、著書に『がんから始まる』(文春文庫)、『50代、足していいもの、引いていいもの』(中央公論新社)など多数。今年6月には初の句集『つちふる』(角川書店)を刊行。

出典:ひととき2021年7月号



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