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【城端しけ絹】稀少な繭が生み出す唯一無二の絹織物(富山県南砺市)

日本全国の“地域の宝”を発掘する連載コーナー「地元にエール これ、いいね!」。地元の人々に長年愛されている食や、伝統的な技術を駆使して作られる美しい工芸品、現地に行かないと体験できないお祭など、心から「これ、いいね!」と思える魅力的なモノやコトを、それぞれの物語と共にご紹介します。(ひととき 2020年5月号より)

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「お蚕さんは、ごく稀に2頭で1つの繭を作るんです」。教えてくれたのは「松井機業」6代目見習いの松井紀子さん。このわずか2~3パーセントという貴重な繭から採れる糸を用いて織り上げるのが「しけ絹(ぎぬ)」である。さっそく拝見すると……光を柔らかく受け止めきらめく絹に、模様が流れ星のようにすっと走る。2頭の蚕が吐き出す糸が絡んで太さが不均一になり、節となり、独特の風合いが生まれるのだという。偶然が生み出す、唯一無二の絹織物――。

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「しけ絹に当たった光は乱反射して、今日のような曇天でも、ほら、こんなに部屋を明るく包むんです」と松井紀子さん

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一般的な生糸よりハリがあるものの、玉のような節があるために切れやすく、織り上げる前の糸繰りにも手間がかかる

 城端(じょうはな)の絹産業は400年以上の歴史がある。明治時代初期から続く松井機業は、昔ながらの製法を守り、しけ絹を生産する県内唯一の会社だ。紀子さんが家業を手伝い始めた頃は、高級襖地(ふすまじ)や襦袢が主力で、問屋に卸すのみだった。これらの需要が減少するなか、2014年、紀子さんは新ブランド「JOHANAS(ヨハナス)」を立ち上げた。ユーザー向けの商品によって、しけ絹の魅力をストレートに伝えたいと考えたのだ。ストール、日傘、名刺まで、デザイン性にも優れた生活雑貨は、若い世代も含めて、幅広い客層を掴んでいる。

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140年以上続く家業の暖簾を守る紀子さん。鮮やかなしけ絹のストールはシクラメンで染色した一枚

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しけ絹の日傘は、紫外線をカットしながら日差しを和らげて、使い手の肌をきれいに見せてくれる

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しけ絹を使った名刺入れと名刺。名刺は色や厚みを好みで選べる

 近くの城端別院善徳寺では、毎日欠かさず法話があり、信仰心の篤い土地柄が窺える。紀子さんは説法に通ううち、「二つと無い柄、光を受けて刻々と変わる生地の表情……しけ絹は、無常の世界を表しているようにも見えてきて。仏教の教えが根付くこの地域に、受け容れられやすかったのかな、と考えるようにもなりました」

 現在、繭は他所から仕入れているが、将来的には南砺(なんと)の糸で商品を作ることを目指し、工場の一角で蚕を育て、桑畑作りにも取り組んでいる。そして昨春には長女の晴ちゃんを授かり、安心安全な素材に対する関心、命に対する畏敬の念もさらに深まった。「お蚕さんは命を犠牲にして美しい糸をくださっている――」。蚕と人が紡ぐ縁を大切に、命の声に耳を澄ましながら絹の未来を見据えている。

文=神田綾子 写真=荒井孝治

ご当地◉INFORMATION
●南砺市のプロフィール
富山県の南西部に位置する。砺波〈となみ〉平野の「散居村〈さんきょそん〉」、五箇山〈ごかやま〉の「相倉〈あいのくら〉合掌造り集落」「菅沼合掌造り集落」など、日本の原風景に出会える場所。城端地区は、善徳寺の寺内町として栄え、「越中の小京都」とも称される。毎年5月に開かれる城端曳山祭には、全国から観光客が訪れる。

●南砺市へのアクセス
北陸新幹線新高岡駅から城端線に乗り換え城端駅下車

●問い合わせ先
松井機業 ☎0763-62-1230
https://www.matsuikigyo.com/

出典:「ひととき」2020年5月号
※この記事の内容は雑誌発売時のもので、現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。


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