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「書斎の人」に憧れて(作家・門井慶喜)|わたしの20代|ひととき創刊20周年特別企画

旅の月刊誌「ひととき」の創刊20周年を記念した本企画わたしの20代。各界の第一線で活躍されている方に今日に至る人生の礎をかたち作った「20代」のことを伺いました。(ひととき2022年2月号より)

 歴史が勉強したくて、同志社大学に進学し、積極的に京都の神社仏閣を回りました。すごい方向音痴の僕にとって、碁盤の目の京都市街地はとても便利でしたが、地元の人に言わせると、近道できる斜めの道がないのは、とても不便だと。道ひとつとっても、見方がいろいろあると知り、面白かったですね。

 3回生の時、古本屋通いを始めました。子ども時代から読み過ぎるというくらい本を読み、この頃から、作家になろうと思い始めていました。24万円の『幸田露伴全集』を悩んだ末に買ったのもこの頃です。2カ月分の生活費だったので、しばらくパンとマーガリンと塩だけで暮らし、激やせ。でも、この全集のおかげで、文語文も活字になっていれば、すらすら読めるようになり、今の仕事にとても役立っています。

 就職は執筆の時間が確保できる仕事にしたいと、地元の宇都宮で大学の事務職を選びました。とはいえ、26歳まで何も書いたことがなく、はじめて書いたのは、書評です。出勤前、朝6時半から8時前までを執筆の時間と決め、出すあてもない古典評論を書き続けました。最初に書いた小説は、ミステリーです。なぜかと言えば、事件や事象を探偵が検証し、評価しないと話が進まない、書き慣れていた評論に近い形で書ける分野だからです。出版社の新人賞に応募し、2度目に最終選考まで残った。そこで退職し、執筆に専念することにしました。自分では割とすぐデビューできるんじゃないかと思っていましたが、そこから迷走が始まりました。計6度落ちて、「オール讀物推理小説新人賞」を受賞したのが32歳。単行本デビューは、3年後でした。

 僕の場合、受賞までが一番苦しかった。実は今も小説を書くのは苦しい。楽しいと思ったことはありません。書き始めたら書き終わらねばならない義務感で書いている。それができるのは、あてのない原稿をたくさん書いた時代に毎日「書く習慣」をつけたから。習慣は最強です!

 20代に描いた未来像は「書斎の人」でした。本に囲まれ、人付き合いせず、時にものを書く。一昨年、書庫のある仕事場を建てて、理想に近づきましたが、実際は「時に」じゃなく、始終書いていますね(笑)。

談話構成=ペリー荻野

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作家を目指していた頃、奥様・俊子さんとの京都旅行。円山公園で

門井慶喜(かどい・よしのぶ)
作家。1971年、群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。卒業後は大学職員として働きながら執筆を続ける。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、デビュー。16年『マジカル・ヒストリー・ツアー』で日本推理作家協会賞、18年『銀河鉄道の父』で直木賞受賞。『家康、江戸を建てる』など著書多数。

出典:ひととき2022年2月号


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