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【春日部の麦わら帽子】100年続く伝統の製法 日差しにきらめく夏の風物詩

日本全国の“地域の宝”を発掘する連載コーナー「地元にエール これ、いいね!」。地元の人々に長年愛されている食や、伝統的な技術を駆使して作られる美しい工芸品、現地に行かないと体験できないお祭など、心から「これ、いいね!」と思える魅力的なモノやコトを、それぞれの物語と共にご紹介します。(ひととき2021年6月号より)

 目にも留まらぬ早わざ。1本の麦わらのひもがくるくると巻かれながらミシンで縫われて、あっという間に帽子の形になっていく。

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熟練の職人技で縫い上げる

「麦わら帽子のUVカット率は99パーセントという報告もあります。通気性も良くて涼しい、そんな天然素材は他にないんですよ」

 田中優さんは田中帽子店の6代目だ。1880年(明治13年)の創業以来、140年余も麦わら帽子をつくり続けている老舗である。

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「かぶり方も昔とは違うので現代のニーズに合った新しいデザインを」と田中優さん 

「だから日除けの実用品として、気軽に使ってほしいですね」

 春日部市ではその昔、古利根川(ふるとねがわ)がもたらす肥沃な大地に、麦がたくさん育てられていた。やがて農閑期の副業として始まったのが、麦わらを編んだ組みひも「麦わら真田(さなだ)」づくり。それは帽子づくりにつながり、1897年ごろにミシンを導入したことで一気に量産化され、市の特産品となった。

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来夏に向けて、製造の最盛期は秋から冬。縫い上がった帽子を天日で乾かす「寒干し」もまた、地元の冬の風物詩

 思えばかつて、日本紳士はみんな帽子をかぶっていた。夏に人気が高かったのが、麦わら製のカンカン帽だ。それに畑仕事や夏休みの昆虫採集など、麦わら帽子は毎夏、誰もが手にする必需品だった。

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紳士用の定番「シモン」は中折れ帽子型。シルエットが美しい

 だがライフスタイルは変わり、さらに安価な外国製にもおされて、国内での生産数は激減する。業者が軒を並べていた春日部市でも今では、量産工場があるのは田中帽子店だけになってしまった。

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昨年、工場そばに初の直売店をオープン

 一方で、伝統と技術は確実に受け継がれている。この道50年の職人、横川正三(しょうぞう)さんもそのひとりだ。

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「対面でないとそのひとに合うデザインがわからないから、ネット通販は難しいね」と横川正三さん。帽子用ミシンは40年来の相棒、メンテナンスしながら大事に使う

 ファッション性の高い帽子を手づくりする横川さんは、全国の催事場に引っ張りだこ。そこでひとつひとつ、オーダーを受ける。

「頭のサイズだけでなくて、身長や肩幅を見るんだ。似合うデザインを提案して、希望も聞く。お客さんのこだわりも実現できるよ」

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極細の麦わらを使ってつくられる、繊細で上品な高級帽子。何年も愛用するファンも多い

 麦秋*を過ぎ、黄金色の穂が刈り取られた後も、帽子に編まれた麦わらは陽を浴びてきらきらときらめく。空も海も、何もかもが輝くまぶしい夏が、今年ももうすぐやってくる。

麦秋* 麦の収穫期を迎えた初夏の頃

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田中帽子店の新作「アニカ」。春日部市の伝統工芸品でもある麦わら帽子は、近年デザインが一層多様に

文=瀬戸内みなみ 写真=佐々木実佳

ご当地◉INFORMATION
●春日部市のプロフィール
江戸時代には「粕壁〈かすかべ〉宿」が置かれ、日光街道第4の宿場町として賑わった。高度経済成長を境に東京のベッドタウンとして発展。市の花は藤で、樹齢1200年の「牛島の藤」は国の特別天然記念物(開花シーズンは4月中旬〜5月上旬)。観光農園も多く、イチゴやナシ、ブドウなど季節ごとにもぎたての美味しさが味わえる。レンタサイクルで宿場町の面影をめぐるもよし、川沿いの遊歩道で風を感じるもよし。どこか懐かしい風景に出会えるかも。
●問い合わせ先
田中帽子店
☎048-974-6048(ビスポーク)
https://tanaka-hat.jp/
横川製帽(横川正三さん)
☎048-737-4335
http://yokokawa-hat.main.jp/

出典:ひととき2021年6月号
※この記事の内容は雑誌発売時のもので、現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。


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