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土井善晴さんが訪ねる京都 古都に花開いた和菓子文化

20代、大阪の日本料理店で働いていた頃から京都に通い、古都の文化や習慣に親しんでいた土井さん。和菓子が暮らしとともにあるそのわけを知りたいと――(ひととき2021年創刊20周年記念号「食の達人がゆく 歴史町、うまいもの探検」より一部抜粋してお届けします)

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京暮らしのなかの和菓子

 生まれ育った大阪で日本料理を修業していた20代、京都にはよく一人で来たのです。今改めて、地図を見ると四条河原町(しじょうかわらまち)あたりから、半径1.5キロほどの中をぐるぐると歩いていたんですね。

 京都のええとこは、なにげなしに入った喫茶店で、黙ってコーヒーを飲んでいても、ちゃんと気ぃ使(つこ)うてくれてはる。その上で、あかんもんはあかん、ないもんはないって、はっきり言わはるとこでしょうか。そんな当たりまえのことが、ふつうにあるというのが京都の居心地の良さやと思っています。

「大事なもんはなにか」いうことが、ようわかってはって、それをどなたもきちんとわきまえてはるから、なんぼ偉い人でも、好き勝手にできないところがいいんです。そんな京都の人同士の交わりや、お客さんのもてなしの間にあるお菓子のことをもう少し知りたいと、古都の和菓子文化の担い手を訪ねてまいりました。

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水紋や青もみじなど季節を象った落雁の詰め合わせ「園の賑い」の可憐さ!

祇園に愛される名店

 祇園の鍵善良房(かぎぜんよしふさ)のお席に座って静かにしていると、トントントントンと、包丁の音が聞こえてくるんです。注文を聞いてから、湯を通して水にとり、包丁をして、氷水に放った「くず切り」はもともと「水仙」という点心で、夏に食べられていたそうです。

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鍵善良房の代名詞ともいえる吉野本葛を使ったくず切り。夏の日、浮氷の音を聞きながら、波照間島〈はてるまじま〉産の黒糖を使った黒蜜でいただくくず切りは格別

「うちは祇園の花街にありますから、夜の街のデザートにいうて食べてもろたら喜ばれて。黒田辰秋(たつあき)*1さんに螺鈿の豪華な蓋もんを作ってもらい、お茶屋さんにお届けするようにしたらえらい評判になりました。それから店の軒先で食べたい、という人がいて、それで喫茶を作ったと聞いてます。このスタイルになったのは昭和になってからなんです」とご主人の今西善也さん。

黒田辰秋*1 木工芸家。1904~1982年。祇園に生まれ、木工品や螺鈿細工を得意とした。河井寛次郎と知り合い、柳宗悦のもとで民芸運動に参加

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15代当主の今西善也さん。今年1月、黒田辰秋の作品を展示する美術館「ZENBI 鍵善良房KAGIZEN ART MUSEUM」を祇園に開館。その館長もつとめる

 祇園さん(八坂神社)からほどない四条通沿いに、燕脂(えんじ)の大きな暖簾(のれん/夏は白暖簾)を掲げた鍵善さん。もとは、しもた屋の家屋で喫茶に上がる階段にようさんお客さんが並んでいたのを、私も覚えてます。この建物に建て替えてからもう30年だそうです。

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八坂神社の西、賑やかな四条通にある鍵善良房。「鍵」の意匠を大きく染めた暖簾が目印

 昔は、丁稚(でっち)さんが朝のうちにお茶屋さん、料理屋さんや得意さんに、その日の注文を取りに回ったんです。鍵善さんではお商売だけやなしに、「家族の集まりに」という注文にも応えられて、上生菓子から、おまんじゅう、餅菓子まで、色々作っておられます。京都のお菓子屋さんは、お客さんの暮らしの奥の方にまで、深-く入り込んでいるんです。

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 それにしても、今西さんは、昔のことを「昔」としか言いはりませんが、創業300年以上の歴史があるんですね。京都のお店は、間口は狭くても奥が深く、さらに歴史もグッと深いのです。

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名工・黒田辰秋による菓子棚がある店内は、美術館のよう。上生菓子や水ようかん(夏季限定)なども販売。奥に喫茶室がある 

旅人・文=土井善晴 写真=岡本 寿

土井善晴(どい・よしはる)
料理研究家。1957年、大阪府生まれ。スイス、フランスでフランス料理を学び、帰国後、大阪「味吉兆」で日本料理を修業。土井勝料理学校講師を経て、家庭料理の道へ。テレビ朝日「おかずのクッキング」、NHK「きょうの料理」に出演。『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)など著書多数。十文字学園女子大学特別招聘教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員。

――本誌特集記事では、土井さんがこのまま、京都御所近くの虎屋菓寮をはじめとする和菓子店、古伊万里で有名なてっさい堂さんなどを巡ります。そしてさらに、作家の平松洋子さんが神戸の中国料理、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが金沢の発酵食を訪ね、おいしい名物を通じて由緒ある町の魅力をお伝えします。創刊から20年、全国津々浦々を取材してきた「ひととき」のこの記念特集、ぜひ本誌でお楽しみください。

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[ 特集 ] 創刊20周年記念「食の達人がゆく 歴史町、うまいもの探検」
◉土井善晴さんが味わう 古都・京都に花開いた和菓子文化
京都〔案内図〕
◉平松洋子さんが訪ねる 港町・神戸で華僑と日本人が育む中国料理
神戸〔案内図〕
◉小倉ヒラクさんが出会う 城下町・金沢の麗しき発酵文化
金沢〔案内図〕

出典:ひととき2021年8月号

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