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日本人の忘れもの

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「令和」の“名付け親”と目されている万葉集研究の第一人者、中西進さんの珠玉のエッセイです。
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2022年5月の記事一覧

“たび” つまみ食い観光の現代旅行事情|中西進『日本人の忘れもの』

たびと旅行は違うずいぶん前のことになるが、先にも登場していただいた池田弥三郎さん*が、新聞に書いておられたことを覚えている。 「たび」と旅行はちがうというのである。 要するに昔の旅行と現代の旅行とは、内容も性格もたいへん違う。それを名づけると、たびと旅行と区別していうことができる、という話だ。むかしはそれほど綿密に計画を立てることもなく、ふらっと旅行に出た。目的も厳密にこれこれときめるわけでもない。いくらでも変更可能だし、行程も伸縮自在である。 ところが昨今、そんな旅行

“とり” 鳥が都会の生活から消えた|中西進『日本人の忘れもの』

あわれな空のツル、地上のネズミ 今から1300年ほど前、いまの奈良県明日香村の風景をほめた歌に、「空にはツルが飛び、川岸ではカエルが鳴いている」という一首がある。  ツルは千年、カメは万年というようにツルは長生きの鳥だから、当時おめでたいものとして尊重された。カエルも冬姿を消すかと思うと春また姿を現す。くり返しくり返し生きつづけるから、これまた不思議な生命力をもつと考えられた。  こうした動物たちがいるから、明日香はすばらしいところだ、というわけである。  元来、中国で

“はな” 日本人はナゼ花見をするか|中西進『日本人の忘れもの』

サクラは死なない 日本列島は、毎年少しずつ地域をかえてサクラの満開を迎える。サクラ前線が南から北へと日をおって上り、そのころはとくに天気が心配される。  たしかにお花見をしないと春がきたように思えない。新入社員が朝早くからビニールを広げて場所をとり、夜ともなると酒盛りは最高潮に達する。夜桜を見て歩く人も、そのまわりにあふれかえる。  さてそれでは、どうして日本人はこんなに花見が好きなのだろう。  いや、いっせいに、いろいろな返事が返ってきそうだ。  むかしから花は桜木