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『脱北航路』は光の月村了衛だった

面白かったー!久しぶりの直球エンタメでありつつ、最近の月村了衛作品の目線で書かれている。
朝鮮半島で使用される言語に翻訳されてほしい。そしていつか半島全体でも読まれて、合同制作映画になってほしい。

これは読了直後の感想を箇条書きしようというノートです。こういう行為で出版社や海外出版エージェントに読者の存在をアピールしておけば、翻訳される機運が高まるっていう高度な計算です。されるか不明ですが、やらないよりはいいでしょう。
ネタバレ気にする人は読まないようにしてください。
ヘッダー画像はみんなのライブラリにあったやつです。どなたのものか存じませんがありがとうございます。


北朝鮮による拉致被害者を題材にした意思表示
このテーマを選んだこと自体に強い意志を感じられるということは、この日本の現状がそもそもダサいってことを意味する。恥ずかしながら、私も駅でポスターを見かける時か選挙の時くらいしか思い出さないけれど、まだ全然解決されてない。
広野珠代さんは生死不明の実在の方がモデルだと思われるが、彼女が生きて日本で両親と再会できた明るさが救いだった。言い換えれば、書かれているような強引な亡命沙汰でもない限り、変化は起きないかもしれないと思わせる暗い現状がある。とりあえずニュースを調べることから始めようか。

一連托生空間の潜水艦での亡命
戦闘機による亡命はかつてあったけれど、軍の船によるものはあったのか?(あったら教えてください。)
戦闘能力のある船で亡命するとなると、1人では不可能だから集団をまとめ、かつ軍や国にバレないようにしないといけない超ハードモードになってしまう。人間関係の緊張感のあるドラマは月村作品の読みどころ。今回も全員絶対に死なないでくれ!と感情移入しながら読んだ。最後、生死が明言されなかったあの人はきっと生きてるって信じてますからね。
立場による単語の違いが徹底していたのも良かった。「海上自衛隊」は北朝鮮の軍人からは「日本軍」と呼ばれている。
名前はほとんど覚えられてないものの、それでも誰なのかわかって読めるので、月村先生の書き分けがかなりうまい。苗字が全員違うのと、字面が被ってないのでぼんやりしてても読めてしまう。あと、見開きで最初の人名などにふりがなが振ってある親切設計。痒いところに手が届く。電子版だと違うかもしれないけれど、紙版はナイス設計だった。

潜水艦同士のタイマン勝負のアツさ
機龍警察を読んでる人なら分かる。『暗黒市場』と同じ脳の領域を刺激された。顔の見えない鋼鉄の棺の中の、胆力勝負。
『T-34 レジェンドオブウォー』というロシア映画を思い出した。ロシア政府主導でvsナチス映画が要求されていたらしいことや、戦勝記念日バージョンのことなど考えると、今となっては無邪気に喜べないが、一旦置いておく。
位置関係の絵を描きながら読まないと難しい場面があった。映像になると見応えがありそう。海中を伝う衝撃音や外殻を叩く砲弾の破片の音なんかを映画館で聴きたいが、こんな無邪気さも後ろめたさがある。でも観たいという強欲さ。

光の月村了衛
最近の月村作品は「民衆はどうしようもない!日本は悪くなる一方だ!」という最後が多いが、『脱北航路』は、それでも人は変化できるし、周りに変化を促せられる希望が語られたのがよかった。今の月村了衛がエンタメに振り切ると、鞭9割飴1割の読み味になると分かった。個人的に好みの味。
人間は過ちを犯して取り返しのつかない後悔に苛まれていても、いつか再チャレンジの機会がくる、という救い。創作物ありがたい。
加えて299-300ページの作者の声が漏れている怒りの文章がよかった。うんざりすることが多い。同意する。
飛躍した連想だが、今のロシアの民衆の反抗の強さと政府の思惑が外れている(らしい)という状況に似ているように思える。(これはアラブの春でもミャンマーでも何にでも結び付けられることだから、現実が肩を叩くいつものやつではない)
「最悪の状況でも、人を信じることと自分の魂を救うことで世界は変えられるぞ。衆生たちよ、欺したり奈落で踊ってる場合ではないぜよ!」って月村ボイスの幻聴がきこえる。月村了衛はそんなこと言わない。

これにてとりあえずの第一印象の記録とする。
おもしろかったな〜!

書きそびれたこと。
薬が実は毒薬なのではないかと無駄な心配をしていた。残り弾数に加えて残り錠剤も気にする描写は月村作品らしかった。
「干物よりも乾いたパン」みたいな形容も月村作品読んでるなー!となった。
『脱出航路』を読みたいが絶版!ヒギンズ追悼で復刊企画があるといいな。頼みますよ早川書房。

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