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【超短編】花守

 なさけないやるせないしどけない、すすりなみだの窓は縦模様のしましまに濡れて、そとの景色も、不思議なおくゆきにゆがんでいる:さんざめく青闇に五月雨がざらざら降る。だれかがいている。

  とある日に窓の外はひたすら萌える芝生だった。刈りそろえたそばからいのちを競い合う極小の熱烈だった。ただっぴろい草の原に、いっぽんだけ建った楠が、枝をひろげて、明け方の空を抱いていた。誰かのせいにしてしまいたい観念の涼しさが、憎たらしくて、火をつけた。

  いつかこの土地も夏だった。夜は過ぎ去って五月の雨がまた降る。廻りめぐった先の焼け野原にさくらさくら、と口遊くちずさむ声がある。桜が降った日、すべてがあるべくしてあると信じた日には、歌も物語も正しい棚におさまっていた。わたしが恐ろしく高くまでブランコを漕ぐのをみんなが見ていた。さくら色の恍惚を独り占めにしたくて、鎖を握る両手を離し飛びった。

  馬鹿げたこと。古いプリント写真に赤インクの染みが垂れた。おぼえのない誰かの横顔をよごして、ゆるゆると広がっていく。その子の額にもさくらふぶきが降り注いだ・大丈夫、水性の染みだから永遠にぬぐえないなんてことはない。さくら色にけてゆく。際限もなくけてゆく。さめざめ泣いたあとで、顔を挙げると、夕やけ空の色に石炭が薫った。

  目を閉じてべんちに腰かけると、耳もとにあの日の声が、変わらないままのあの子の姿が。さくらさくら。今は亡き青い草原のまなうらに、降りやまないさくらなみだ。


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