見出し画像

63 電話の声と微かな虚勢

お声が聞きたくて

 遠方にいる知人から電話があった。妻の故郷から親戚が作っているリンゴを少し送ったからだ。お歳暮というには早いが、かなり以前から、リンゴをときどき、送っていた。それが届いたのだ。
「お声が聞きたくて」とおっしゃる。
 お互いに声を聞いて、いっきにこれまで会っていない期間(10年以上だろう)が縮まるような気がした。
 その知人とは最初は東京で会ったのだが、事業の基盤を地方に構えていることから、「一度、来てください」と招待されてノコノコとお邪魔したことがあった。飛行機苦手な者として新幹線乗り継ぎローカル線乗り継ぎの、かなり贅沢に時間を使った旅をした。25年も前の話だ。
 仕事の関係で知人はその後、定期的に東京にやってくるようになり、しばらく年に一回ぐらいは会っていたが、それも彼の仕事が地元中心になっていくと途絶えた。中元と歳暮のやり取りだけが続いていた。
 25年前と違うことは、お互いの健康のことを、社交辞令ではなく語り合うようになっていることだった。
「病気の話とかしだしたら、もう年寄りそのものだ」とお互いに笑った。
 とはいえ、健康でいまも現役で地元で活躍している知人は、声に迫力があった。年齢は私よりほんの少し下なだけで同世代である。こっちも、あんまりヘタレな声を出しているわけにはいかないので、そこそこ虚勢を張るのであった。
 そして、ふと、「そういえば、虚勢を張ることさえも、最近はあまりないな」と気付いた。

虚勢はノビシロか?

 私は大風呂敷を広げるタイプではなく、人々を巻き込んで未知の世界へ連れて行くようなリーダーでもない。
 それでも、若い頃から、それなりに虚勢も張っていた。身の丈に合った虚勢を張ってきたつもりだから、周囲から見ればそれが虚勢とは思われなかったに違いないけれど、こっちとしては精一杯の強がりであった。
 このところ、テレビ朝日で、「誰か説得してくれないかな」と言う上司の声に「私、行きます」と女性が手を挙げてそのままタクシーに乗ってしまうCM(未来をここからプロジェクト2022 手を上げる篇)を見るたびに、「あんなこと、やってたなあ」と思ったりするのだ。
 大学を出て就職した営業職から出版関係へ移るに当たっては、精一杯の虚勢を張った。なんとか潜り込んだが、正直、「初稿、再校」「レイアウト」「級数」「原稿の指定」「台割」など、なんにも知らないバカ者だったが、スキを見て先輩のマネを必死でしながら自分の技術に取り込んでいった。八年ぐらいして、外からも「雑誌も書籍もなんでも作れる人」と言われるぐらいになっていたが、それでも井の中の蛙であって、新たな世界へ飛び込むたびに虚勢を活用していた。
 そんなことを、ついこの間までやっていた。
 だが、いまは、虚勢の「きょ」の字もない。謙虚になったわけではない。虚勢の張りようがなくなっただけだ。
 たぶん、虚勢は「ノビシロ」であって、それがほとんどないので、虚勢も張れないのだろう。

微かな繋がりでも

 いま、人とのつながりは、メールやSNSが中心で、LINEなら音声でやりとりできるし、それを「電話」と意識する人は減っているかもしれない。
 まして固定電話となると、仕事の関係で、2回線あるけれど、この1年、2回ぐらいしかかかってこなかった。それも保険の勧誘と間違いであった。
 今回も電話はスマホに届いたので、固定電話はなくてもいいかも知れない。なんとなく固定電話にはろくな電話がかかって来ない気がしてしまう。
 たくさんの繋がりが、手軽な、たとえばスマホの中に無数に生まれている。毎日、このnoteで「スキ」をいただいた方のnoteや発言を眺めているし、Xでも、微かにつながっている人たちがいる。フェイスブック、インスタグラム、スレッズでも細い糸であるが、そこはかとなく繋がっている人たちがいる。
 しかし、その大多数、恐らく99.9%の人とは、電話で話すことはない。会うこともないだろう。だから、そこで虚勢を張るのはほとんど意味がない。その人たちには、私が虚勢を張っているのかどうかもわからないし、いまこうして語っていることだって、等身大なのかどうかもわからないだろう。
 私が虚勢を張った人たちは、すでに多く引退し亡くなっている人もいる。自分は虚勢をノビシロとして成長できたのかどうかも、いまとなってはわかりようがない。目安になる相手がいないのだから。
 でも、もしかしたら、死ぬまで虚勢は張っていいのではないだろうか。
「うん、ピンピンしてるよ、病気なんて大したことないよ。これまでが血の気が多すぎたんで、ちょうどいいぐらいじゃない?」
 それぐらいの虚勢は張っていきたい。
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?