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質の高い顧客課題を発見する手法「デプス・インタビュー」とは?

本気ファクトリー公式note編集部です。

企業が新規事業に取り組む際、最も重要なのは、質の高い顧客課題を発見することです。「誰が顧客なのか」「その顧客の課題は何なのか」を明確にすることから、新規事業開発が始まります。

それでは、質の高い顧客課題はどのように見つけるのでしょうか。今回は、課題発見の手法について、大企業の新規事業開発にコンサルタントとして携わってきた弊社代表の畠山に聞きました。

潜在課題発見には「定性調査」が有効な手法

ーー事業開発において、まずは質の高い顧客課題を発見することから始めるべきだと聞きました。質の高い課題とはどのようなものでしょうか。

畠山:課題の質は、顧客がどれくらい困っているかによって決まります。顧客が非常に困っているのに、解決策が存在しなければ、課題の質は高いです。質の高い課題を解決できるソリューションであれば、お金を払ってでも、他のことに使っている時間を割いてでも、使いたいと思ってもらえるでしょう。
ただし、日本国内だけでも数百万以上の企業が数多くのサービスを提供していますので、他社が提供するソリューションの質が低い課題を見つけ、それに対応するソリューションを提供することが重要です。

ーー質の高い顧客課題を発見するには、どのような手法があるのでしょうか?

畠山:一般に調査の手法は、「定量調査」と「定性調査」に分けられます。定量調査は、数値データを収集し分析する調査手法で、アンケート調査がその代表例です。一方、定性調査は、「言葉」や「行動」など、数字で表せない情報を得るための手法です。

アンケートなどの定量調査のメリットは、多くの人を対象にできることです。また、集計結果が数字なので、客観的な説得力もあります。デメリットは、あらかじめ用意した設問に対して、Yes/No、数値、テキストでの回答しか得られないことです。回答の背景や理由、他の選択肢を確認することができないので、潜在課題の発見にはあまり向いていません。長くなってしまうのでここでは詳細をお伝えするのは避けますが、定量調査は発見した潜在課題が本当に多くの人に共通する課題なのかして存在するのかといったことを検証するために使います。

潜在課題を発見するには、顧客のことを深く知る必要があります。そのためには、より詳細な情報を得ることができる定性調査の方が適しています。

デプス・インタビューはコストパフォーマンスが高い調査方法

畠山:定性調査には、さまざまな手法があります。
代表的なのは、行動観察調査(エスノグラフィー)、日記調査、グループインタビュー、デプス・インタビューです。

行動観察調査は、特定の状況下での行動をカメラなどで記録して観察する手法です。被験者の日常の行動や何気ない言動を観察することで、本人も意識していない潜在意識を探ることができます。一方、カメラの設置が必要であること、被験者の心理的負担も大きいことから、謝礼を含むコストが高くなる傾向があります。

日記調査は、被験者に日々の生活を日記形式で書いてもらう手法です。被験者のリアルな実態を把握することができる手法ですが、工数負担が高くなるため、行動観察調査と同様にコストが高くなりがちです。
グループインタビューは、事業拡大段階のマーケティングでよく活用される手法です。複数名から同時に意見を聞くことができるのがメリットですが、他の参加者の意見に影響され本音が聞き出せない場合があります。

複数名に話を聞くグループインタビューとは対照的に、1対1で話を聞く手法が、デプス・インタビューです。1対1で行うため、グループインタビューのように、他人の意見に左右される心配はありません。また、行動観察調査や日記調査と比べ、必要な設備が特にないのでコスト面で有利です。
ただし、話を聞く際には、「都合が悪いので嘘をついている」「事実を勘違いしている」などがないかに、注意しなくてはなりません。バイアスを避けて本音を引き出すには、話を聞く側の技術と経験が求められます。
また、対象者が認識していないことについては回答を得るのが難しいため、行動観察法などと組み合わせることで、より潜在的な課題を探ることが可能になります。

メリット・デメリットはありますが、このデプス・インタビューは、他の調査方法と比べて、取り組みやすく、コストパフォーマンスが高い手法です。適切に使うことで、潜在課題の発見に役立ちますので、今日はこのデプス・インタビューについて詳しくお話しします。

図1

デプス・インタビューで主に聞くのは「過去の事実」について

ーーデプス・インタビューはどのように行うのでしょうか?

畠山:デプス・インタビューの手順についてお話します。

最初に取り組むのは、調査設計です。

どのような人を対象に、どのような顧客課題を抽出したいのか、そのための質問項目はどのようなものが良いかを検討します。

質問項目として考えがちなのが、「こういうサービスがあったら使いたいか」「いくらだったら買うか」などの質問です。

しかしながら、未来の情報や、意志についての回答はあまり参考になりません。なぜなら、未来のことは本人にもわからないからです。また、回答者は、目の前にいる人に向かって無意識に前向きな回答をしてしまいがちです。ですので、本人の意志は質問項目としてあまり有益ではありません。

それでは、何について質問すべきかというと、「過去の事実」についてです。
例を挙げると「昨日は何をしましたか?」「最近買った高価なものは何ですか?」などを質問するのです。
過去の事実について答える際、嘘が混じることは比較的少なくなります。それでも、話の整合性を保つために、無意識に記憶を変えて話すことが少なくありません。そのため、答えを誘導したり、バイアスがかからないよう、注意して話を聞く必要があります。

ーーインタビューの質問設計で、有効な形式はありますか?

畠山:個別性が高いので一概にこれが正解というものは無いのですが、概ね下記のような流れで設計するケースが多いです。

1. ラポール、すなわちお互いの信頼関係を構築するための質問
2. 対象となるサービスに関する習慣についての質問
3. 対象となるサービスに関する商品の過去の購買行動に関する質問
4. 対象となるサービスを紹介して感想や意見をもらう
5. 対象となるサービスの購買可能性や比較対象となりそうな商品について質問

調査設計ができたら、被験者の抽出を行います。
新規事業を構想する時点で、顧客になりそうな人の属性がある程度見えていると思います。また、課題の仮説もぼんやりと存在しているはずです。
その属性を意識しながら、顧客候補にアプローチして、インタビューのアポイントをとります。
顧客候補を探す手段として、インタビュー可能なユーザーが登録されている市場調査サービスや、友人・知人・同僚などの繋がりを通じた機縁法が考えられます。法人向けのサービスについて調査する場合は、多数の専門家が登録しているエキスパートサーチサービスを利用するのも良いでしょう。

インタビューは「ラポール」を築くことから始める

畠山:それでは、実際のインタビューの方法についてお話します。

インタビューでは、まずはラポールを築くことが大切です。
「ラポール」は、フランス語が語源で「信頼関係」を意味します。すなわち、お互いが心を開き、安心して相手を受け入れられる状態のことです。ラポールがあるからこそ、本音で話し合うことができるのです。
インタビューする側とされる側は、大抵の場合初対面です。たとえ面識がある場合でも、通常とは異なるシチュエーションは緊張を伴います。そこで、インタビューの初めにアイスブレイクを入れるのが効果的です。アイスブレイクとは緊張した空気を氷にたとえてそれを壊し、場の雰囲気を和ませる手法です。
また、ラポールの構築に有用な手段は「褒める」か「共通の話題」です。例えば、「ネクタイの色が素敵ですね。よくお似合いです。どこで買ったのですか?」と質問形式で褒めたり、出身地や趣味など相手との共通点を見つけたりすると、話のきっかけになります。きっかけをつかんだら、徐々に相手との距離を縮めていきましょう。ラポールの構築は、相手に本音を語ってもらえるかを決める重要なポイントです。

ラポールが構築できて、相手の緊張がほぐれたと感じたら、本題に入る前に、インタビューの活用方法や録音の有無など、事務的な内容を伝えておきましょう。

いよいよ本題のインタビューに入ります。
「答えやすい質問から徐々に核心に迫る」のがインタビューの基本ですので、まずは日頃の習慣について聞きます。一週間の過ごし方を聞くのも定石の一つです。その際、事前に数週間分の日記を書いてもらい、その内容について質問する、日記法と組み合わせた手法も有効です。リソースがある場合は導入を検討しても良いと思います。

答えやすい質問からスタートしてインタビューに慣れてきたら、対象となるサービスに関連した行動や、課題を感じたシチュエーションについて聞いていきます。

例えば紛失防止タグのようなサービスに関するインタビューの場合であれば、
「今までに物をなくしたことはありますか?」
「なくしたときはどうしましたか?」
「物をなくしたときにどのように感じましたか?」
「物をなくさないためにしていることは何かありますか?」
「物をなくさないための対策は十分にできていますか?」
といった質問を行います。

過去に物をなくしたエピソードとその時の感情や、それに関する対策が不十分だと感じているなどの話が聞ければ、インタビューは成功と言えるでしょう。

次に、課題への対策として購買しているものや利用しているサービスがあるかを聞きます。ある場合は、
・そのサービスの特徴や価格
・どこでそのサービスを見つけたか
・当初期待していた効果が何であったか
・その効果は実際に得られたのか
・使ってみて不十分に感じている点は何か
などを質問します。

この「課題への対策として現状利用しているサービスの不満点」が潜在課題の仮説を作る上で特に重要なので、入念に聞く必要があります。

ここまででデプス・インタビューの目的はほぼ達成されています。もし、開発する予定のサービス案がある場合は、内容を説明し、意見をもらいます。
ただし、利用したことのないサービスについての意見であること、目の前に開発者がいる状態では肯定的に回答するバイアスが強くかかることから、あくまでも参考程度に聞くのが良いです。
また、比較対象となりそうな商品やサービスがあれば、比較軸とあわせて聞きます。ここで出てきた商品は競合となる可能性が高いからです。

インタビューが終了し被験者が帰った後には、インタビューの振り返りを行い、発見した潜在課題や事業開発に役立ちそうなファクトを整理します。

ここまでが典型的なデプス・インタビューの流れになります。実際には現場で臨機応変に対応し、回答を深堀りしながら潜在課題を発見していくことになりますが、大枠の流れを最初に理解しておくと良いでしょう。

ーーインタビューの仕方で注意する点はありますか?

畠山:インタビュアーの技量によって、得られる情報に差が出てしまうので、インタビュー方法には細心の注意を払うように心がけてください。特に答えを誘導したり、答えにバイアスがかからないようにするのが重要です。そのためには、バイアスを避けるために、質問の仕方を工夫するのも効果的です。
例えば、「過去の事実」を聞いた後に、それに対する「意見」についての質問をするようにします。自分の意見を表明した後だと、その意見と整合性がとれるように「過去の事実」を書き換えてしまう可能性があるからです。

また、得られた情報に合理性に欠けていたとしても、切り捨てするのではなく、「この人にとってこの行動が合理的であるとすれば、どのような背景があるのか」と、深掘りしていきましょう。

質問の仕方に注意しながら過去の行動について聞くことで、潜在課題の仮説を見つけていきます。

デプス・インタビューでは、課題仮説の当否を気にしない

ーーインタビューの結果は、どのように事業に活かせば良いのでしょうか?

畠山:アンケートなどの定量調査と比べて、デプス・インタビューは少数の被験者を対象にしています。そのため、「たった数人の意見で事業開発するのか?」と批判を受けることもあります。
たしかにここで得られた回答は仮説に過ぎません。次のステップで、その仮説が広範囲に見られる課題か、それとも被験者個人の問題なのか、検証を行っていきます。アンケート調査を行うことで、仮説がより確からしくなり、その後、無償利用、有償利用、リピート利用の段階を経るごとに、確からしさの度合いが増していきます。

デプス・インタビューの時点で、潜在課題仮説の当否を気にする必要はありません。仮説とは修正を重ねていくものです。新規事業に数多く携わる担当者でも、最初から顧客課題に対する正しい仮説を立てるのは困難です。検証を繰り返し、修正を重ねていくプロセスを社内で共有することが重要です。

今回は顧客の潜在的課題の発見に有効な手法のひとつとして、デプス・インタビューを紹介しました。

大切なのは、初めから正解を求めすぎないこと。トライアンドエラーをくり返しながら、顧客課題の仮説について精度を高めていきましょう。

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