まちの人で撮った、まちの映画「小名木川物語」
「本と川と街」のなかでオンライン上映会が開かれる映画「小名木川物語」は、「深川発ローカルムービー」なんだそうです。ローカルムービーって、どんな作品でしょうか。製作委員会代表の東海明子さんに文を寄せていただきました。
「小名木川物語」をめぐる物語です。
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「小名木川物語」製作委員会代表で、映画『小名木川物語』プロデューサーの東海明子と申します。日頃はフリーペーパー『深川福々』を編集、発行しています。今回『深川福々』スタッフでもある黒崎亜弓さんのご尽力で、「本と川と街」のプログラムとして『小名木川物語』を初めてオンライン上映することになりました。2021年という新しい時間の中に場所を与えていただけて大変有難く、嬉しく思っています。
最初にちょっと自己紹介を。私は中学生まで東京・大田区で育ち、1988年から数年間江東区南砂に住みました。親水公園沿いの散歩を楽しんでいましたが、当時知り合いはいませんでした。月日が流れ、再び隅田川の東側に住むようになり、2008年、深川(江東区常盤一丁目)にてイベントスペースとブックカフェの店「そら庵」を運営することになりました。
建物を借りると同時に始まったのが、町内の方とのお付き合い。それまで町会とは縁がなかったこともあり、町の行事に参加してご近所の方とお話するのが新鮮で心温まりました。やがて店の営業を通じて、地域のさまざまな方や音楽・アートなど表現活動を行っている方と知り合いに。『小名木川物語』監督で写真家の大西みつぐさんや音楽監督を務めた岡野勇仁さんもその一人でした。いろんな出会いが積み重なっていった先に、本作の製作がありました。
映画『小名木川物語』について
映画『小名木川物語』の製作は深川で活動する有志やアーティストがスタッフ、キャストとして携わり、2013年から2016年にかけて撮影を行いました。撮影開始から4年後の2017年春に一旦完成とし、地元の方へのお披露目を兼ねた試写会を10数回開催しましたが、さらに手直しを行い、2019年に最終完成としました。完成までに多くの方にご協力いただきましたが、完全な自主映画として製作しました。
作品はオリジナル脚本による劇映画です。主要キャスト以外は実際に商店や工場を営んでいる人達に「本人役」としてご出演いただき、ドラマとドキュメンタリーが融合した作品となっています。主演の一人、徳久ウィリアムは特殊発声を専門とするボイスパフォーマーとして、またもう一人の伊宝田隆子は美術家、身体表現者として活動していましたが、二人とも俳優は初挑戦でした。
私を含めスタッフのほとんどが、本格的な映画製作に携わるのはこれが初めてでした。ですが「まちの映画を、まちの人で撮ろう」というコンセプトで、あえて地元深川でのつながりや個人的な信頼関係にこだわってキャスティングを行いました。ただ製作期間が当初の予定より長くなったこともあり、趣旨に賛同いただいた俳優諸氏にも参加いただきました。
監督と3分の2近くの撮影を務めた大西みつぐさんは、深川で生まれ育ち、写真界の芥川賞といわれる木村伊兵衛写真賞を受賞。スナップ写真の第一人者です。そこでまず、大西さんの「画の力」を生かした作品にすることを考えました。
設定は2014年。東日本大震災を福島で体験した主人公は、10年ぶりに故郷の深川に帰ってきます。10年前の悲しい記憶を抱えつつ、「川の町」に暮らす人々と再会し、自分の道を模索します。背景に深川の四季折々の行事や、人々の暮らしも描かれています。
小名木川、深川について
これをお読みの方には不要な説明かもしれませんが、小名木川は、隅田川と旧中川を結んで東西にまっすぐ流れる川。徳川家康が江戸入府後、最初に開拓させた人口の運河です。東北や北関東などの物資の輸送路となり、長い間重要な役割を果たしてきました。
深川は400年余りの歴史がありますが、関東大震災、東京大空襲と二度の大きな災厄に見舞われ、建物や資料の大半が失われました。しかし深川に居を構えた松尾芭蕉をはじめ、この地を行き交った人々の足跡は色濃く残り、材木問屋や漁師、職人らによって町のカラーが形成されました。
また江戸三大祭りの一つ「深川八幡祭り」など、神輿の巡幸を行う夏祭りは各町を主体として今に続き、長くこの地に住む人には、江戸以来の気質が受け継がれています。近年は清澄白河エリアを中心に魅力ある個人店が増えて、散策や観光の人気スポットにもなっているのはご存知の通りです。こうしたことが作品の背景にあります。
映画の公開から今日まで
2017年の試写会開催時には、地元深川ではホール会場以外にもカフェや小学校などで、また作品に登場する足立区千住ではお寺の本堂で上映させていただき、のべ千人近くの方にご来場いただきました。しかしその年の7月、夫でプロデューサーの東海亮樹が急病のため永眠しました。製作の原動力だったプロデューサーを失い、その後に予定していた計画がすべて休止となりました。
生前から、音声など一部の手直しを行って再公開したいと話し合っていたため、翌2018年からスタッフが協力してリマスターの制作に着手。完成後に再び上映会を複数回開催しました。新たに多くの方に観客となっていただき、感慨ひとしおでした。
上映会以外には、2018年にサウンドトラックを制作、発売し、19年には英語字幕版を製作しました。そしてこのほど、ようやく作品ガイドのパンフレットとDVDを発売します。パンフレットに掲載するため、川と橋をフィーチャーしたロケ地MAPを新たに制作しました。
実は製作当初、撮影期間は1年程度と考えていました。8年余り経って、まだこの作品と向き合っていることに、自分でも苦笑してしまいます。でも作品は生き物のようで、8年の間のいろんな出来事を吸収して、(中身は変わらなくても)出番が来るたびに以前とは少し違う顔をしているように思えます。また観ていただいた方の言葉によって、新たな意味合い、新たな生命を与えられてきたようにも思います。
川の流れのように時は否応なく流れ、本作のロケ地についても、今はもうない場所がいくつもあります。コロナの影響で、映画に登場する行事は今年もほぼすべて中止となりました。ささやかな作品ですが、そこには「当たり前のように過ごしていたあのとき」「これからも大事にしたいこと」が詰め込まれています。
この機会に本作と出会っていただけましたら、また宜しければ再会していただけましたら幸いです。深川の「まちと人」への思いを深めていただくのみならず、お住まいのまちや故郷、これまでに親しんだ川のことに思いを馳せていただく時間になるかもしれません。…と書きましたが、「4年もかけて何を撮ったんだか、観てやろうじゃないの!」というお気持ちで十分です(笑)
私達が取り上げることができなかった題材や、見過ごした場所ももちろんあります。「本と川と街」は、現在進行形でこの地域のポテンシャルを掘り起こし、多くの人と豊かな時間を共有する試みだと思います。住民の一人として、これからの発展がとても楽しみです。
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映画「小名木川物語」オンライン上映会
2021年11月20日(土曜)〜23日(火祝)
お申し込みはこちらから