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「アリとキリギリス」で考える通貨政策=円安志向の日本は冬に飢えるアリ!?

「アリとキリギリス」というイソップ寓話があります。真面目に働く意義を説く話ですが、これを通貨政策に当てはめて考えてみます。寓話では、夏に遊んだキリギリスは冬に飢え、地道に働くアリは冬に報われます。わが国の場合、労働者は常に働き、報われるときがありません。通貨安に依存し、「労働」を安く売る戦略だからです。冬に飢えるアリとなるリスクもあります。
 
 戦後のわが国は、長らく1ドル=360円の固定相場でした。終戦直後の混乱期を抜け出し、復興が順調に進むと、大幅な円安で固定された為替相場は、輸出で優位となります。初期の日本製品は粗悪でしたが、品質改善の努力を続け、欧米の製品を圧倒していきます。そして、空前の為替ショックが到来します。1971年の「ニクソン・ショック」です。
 
 これにより、固定相場制は崩れ、数次のドル切り下げを経て、73年から「変動相場制」となりました。もとより、360円は国力対比で大幅な円安だったので、為替相場は実力に見合って円高に振れていきます。貿易収支は、優れた製品が海外で売れるため、輸出が増加していきます。そして、「儲け」としての貿易黒字が蓄積する構図が形成されました。
 
 この黒字は、日本企業が海外で稼いだ「儲け」であり、為替市場では「儲け」を円に換えるフローが恒常的に発生します。ドル売り・円買いです。いわゆる「円転」と言われる実需のフローです。為替市場では、圧倒的に投機取引が多いですが、投機ポジションは必ず反対売買されるため、最終的なフローは中立です。一方、円転はアウトライトのフローとなります。
 
 アウトライトの円転フローは潮流としての円高の流れを形成します。この円高に対し、日本企業は涙ぐましい品質向上や生産コスト削減の努力を重ねます。安易に値上げせず、加工部分でコストを吸収しようとします。輸出立国で成功したため、通貨政策は輸出企業に配慮して、可能な限り、円高を阻止することが至上命題となりました。
 
 さて、「モノを作って売る」という戦略は、変動相場制の下では、成功が通貨高を招いて戦略を難しくする悪循環に陥ります。貿易で勝って黒字が溜まり、円転フローで円高になり、さらに品質向上・生産コスト削減を求められることの繰り返しです。円高阻止の通貨政策もやり過ぎると国際批判を受け、むしろ貿易黒字の蓄積を憎まれ、恣意的に円高にされることもありました。
 
 要は、成功が苦しみを招く循環です。この結果、製造業が選択したのは、グローバル化でした。現地生産すれば、もはや日本産ではありません。米国では、アメ車を駆逐した日本車が恨まれ、叩き壊されることも起きました。米国向けは、米国で作る。そうしたグローバル化で、日本は生産拠点ではなくなり、ついに10年ほど前から貿易収支は赤字基調に転換します。
 
 このグローバル化が起きる前後で、実は「モノを作って売る」戦略から離脱する必要がありました。前述のように、変動相場制下の輸出立国は「成功が苦しみを招く」循環です。成功の証である「円高」のメリット、つまり国際購買力の増大を生かし、「投資立国」に軸足を移していくべきでした。もちろん、投資面の成功が経常収支の黒字をもたらしている面はあります。
 
 海外にシフトさせた生産拠点は現地法人であり、製造業の本社からみれば海外投資です。ただ、製造業内部では、生産拠点の移行に過ぎません。もっと広範な企業が、円高を利用して海外法人を買収する、利権を確保する、という行動が必要だったと言えます。自分で働く段階から、他者を支配して働かせる、という資本家へのステージへの移行です(注)。
 
 もちろん、そうした動きに成功した企業はあるでしょうが、実際には生産拠点が海外にシフトして貿易収支は悪化。製造業などの「投資」分で貿易収支の悪化が挽回され、経常黒字が構成される状況です。そして、大半の国民が非製造業に属し、円安が生計費を増大させ、全体的に貧困化する、という状況に直面しています。円高時代に本格的な投資立国に行けなかったツケでしょう。
 
 現在のわが国が標榜するのは「観光立国」です。これは円安志向の一環です。輸出立国の成功体験は、円高を忌避して通貨を安くする、との思考を日本に刻み込みました。そして、円安になった今、日本人の安い労働力を武器に、海外からの旅行者に「サービス」を安く提供する、という戦略です。日本人は働き詰めの人生で、報われないアリの生活が続くわけです。
 
 そして、安くなった円は、アリとなった日本人労働者の生活水準を下げる方向に作用します。冬になって飢えたキリギリスは、アリのところ来て、食べ物を乞うのですが、実は、アリの生活も貧しくて驚いた、というオチです。あるいは、遊んでいたように見えたキリギリスは投資でしっかり稼いで冬に飢えもしなかった、というオチもあり得ます。
 
 モノづくり時代に円高を忌み嫌い、通貨は安い方がいい、という思想を変えられなかった弊害が起きている、と言えます。
 
こちらのコラムが参考になります。

 
注) 1980年代後半に投資ブームが起きました。成熟した消費大国になる、という思想はあったのですが、起きたことは単なるバブルに過ぎず、その後の崩壊で日本を長期低迷に追い込みました。

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