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水星

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コロナ

文庫本から顔を上げてマスクをしたままにおばさんは話しかけてしまう デジタルな呼吸  デジタルな画面を覗き込んでいる青年に目が悪くなるわよって 禁止されているのに 禁止されている  だれかに 禁止されている だれかに話しかけたかったことを今頃思いだす 黄色い嘴の鴨が二匹 彼らにだけは話しかけようかなと思う どうせお互いに言葉は通じないから そうしたらランニング中のお兄さん二人が話しかけてしまって 世界に 話しかけてしまって 心の距離が吹っ飛んでしまって 三才に満た

都市

詩人たちが詩を書いていた時代には 港町がまだ賑やかだった わたしが飛行機から見下ろしたネオンの土地に 負けない賑やかさを持っていながら 隣の誰かを想像して生まれる言葉を待つ潮風 都市のような都市になっていない都市を極めた東京 わたしが将来という優雅な羽を背に広げ 思い描いていた未来は百年前の人々だった 予想できる反応 予測されるべき返事 もう自分がボットなのか相手がボットなのか 判断できない己れはボットなのか わからないのよあちらもこちらも そのうちに声色のふりをし

明治通り

店仕舞いされることのなかった騒々しさ 当時と同じ、目を伏せて池袋を振り切っても 鼻腔に届く光にもう無邪気さは感じない 15年前の関係性のままのスタバと無印 キルギスの1500年に値する勲章 雑司が谷の胸のざわつきは皺を増やして 勢いを減らしていない古本屋に戸惑う 時間は北と南、どちらへ走っているのか 学習院下を踏切がおりたうちにすれ違う 若い外国の男の子がぶら下げているのは炊飯器 待っている間横に並ぶ彼女に見えたおばさんは他人 神田川の黒い艶が昔の親友のように現れて あ

グラナダ

9月に銀座のギャラリーで催された『木村尚樹展』―凪・外伝 - nagi - anecdote―を観に行った時のことを、書いたものです。 竹木の燻し出した 鋭に座視する光はよそよそしく  私の手前で一度立ち止まり 思慮深く近づく 日本の海と空に その敷居が溶けた後 緩やかな弧を描いて広大なままにおりてくる光 華やな固さを飾りに纏ったイタリアから  異界を秘めた幻影への移り 迎えにきてくれたものは この夏のスペイン 白い影を撫でながら暗がりを通り  東京タワーの裾 昔の私の

デジャヴ

はじめて降り立った高円寺はデリーの遮光 ターメリックをかけたら完璧 そうだこことは地続きなんだわ、と気づく 恵比寿から広尾へ向かう街道に 臙脂色の絵の具を上から撒いたら コンノートプレイスに向かう道 広尾から乃木坂に向かうときはハノイ 道と壁とすべての間隔を狭めて 細部に陽光を入れるべく 神経を研ぎ澄ませたら、ハノイ 青山霊園に来てみたらほんとうに墓地で ふと東の方を眺めやったら なんだよかった、トンカン建築中のバンコク 石川台から学芸大学にチャリをとばしたら 途中で

出会い系

そそり立つ 大きな波が向かってくるのを (他の人はサーフィンをするというのに) つぶさに厳密に見て、そして全体を隈なく把握して 動けなくなって 粉々になって  死ぬ それが私なのだと、友人が教えれくれた 私はいつも 他の人が波に乗ってすり抜けて行くのを その白い線を眺めている 豪華に外資IT企業のクリームを塗って ガサツなスポンジに  たった一層、普通の苺が挟まって 言葉はどれも8杯のハイボールと同じくらいに乱暴 私も同じ大学の出身だから知っているのよ キャンパスの7割、

キャンパスライフ

目から空にかけての金魚鉢 架橋を浮く車窓 恐怖は家に帰った扉の向こう 泳ぐ はじめは大轟音の余波 ひっくりかえした胸襟 溶融、揺らいで 追いかけられる あまい香りとイスラム 空気を漂白したあとの焦点 時間がおわらずに 舌が滑る 高速で走っていく身体 絡まり転げる音 銀杏並木はゴッホの空 万の往復、紙の匂い 昼と夜は絵包 輪郭のない 地続きの昨日と明日 星屑 二人を吸い込んで 巣窟の漫談、鉛色にまく金粉 吐き出した四人を歩かせる