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OD(オーバードーズ)はもうしないつもりだけど、毎日葛藤してる。【加筆:2024年4月15日】

 こんばんは。

 今日は放送大学のことではないけれど、私にとって大切な話であるOD(薬の過剰摂取)について書いてみたいと思います。ODの方法論になってしまってはいけないので、だいぶぼかして書いています。どうか温かい目で見守ってください。

 この投稿を書こうと思ったきっかけは、日々薬の管理に苦戦しているからです。少しでも同じ悩みを抱えている人たちと共有したいと思いました。


OD(オーバードーズ)とは

 オーバードーズと検索して出てくる記事に、依存症研究で有名な松本俊彦さんが解説されているものを見つけました。

去年か今年、市販薬のODの問題がニュースで頻繁に報じられました。私もリアルタイムで何個か報道をチェックしました。学生でODを経験したことがあるという人が【加筆*4月15日】八尾市のHPによれば、

 「オーバードーズ」は、10代の若年者を中心に広がっており、高校生を対象としたある調査では、過去1年以内に市販薬を乱用した経験のある人の割合が約60人に1人という結果が得られました。

八尾市HP「市販薬の過剰摂取(いわゆるオーバードーズ)について」2オーバードーズの背景についてより

とのことです。あまりにも多い印象を受けました。ショックでした。この”ある調査”を知りたいのですが、知っている方いらっしゃいましたらコメントお願いします。

 オーバードーズとは薬(市販薬や処方薬)を指示通りに服用せずに過剰摂取してしまうことです。今は市販薬の乱用が多いそうです。先ほど紹介したNHKの記事に「10代の薬物使用の推移」というグラフがあって、

2016年に市販薬が現れ一気に拡大しました。覚醒剤や大麻を上回り2022年には65%を占めています。

NHK「10代に急増する市販薬乱用 わたしたちがオーバードーズ(OD)する理由とは?」より

と解説されています。市販薬は便利だから自宅に常備されていることも多いでしょうし、ドラッグストアでも簡単に手に入ります。私は処方薬と市販薬の両方でその経験があります。体に大変に負担がかかるのはもちろんのこと、依存性が様々な要因の元で簡単に形成されてしまうことが問題なんだと思います。薬を沢山飲んで楽になれているのかと言われると、一時的に楽になれても多分辛いだけなんです(私自身がそうでしたし、だからODがなくならないんだと思います)。

 今、ODがやめられなくて困っている人がいたら、自治体がホームページで相談窓口を示してくれています(オーバードーズと調べただけで20以上の自治体がHPに記事を作っていました)。各自治体の精神保健福祉センター(信用に値するような機関)に相談するのを検討してみてください。東京都保健医療局のHPを共有します。

精神科に通う人であれば、精神科訪問看護を利用して、薬の管理を一緒に頑張っていくという方法もあります。

ODを覚えてしまった経緯

 専門学校に通っていた19~20歳に、当時通院していたメンタルクリニックで処方されていた薬に依存してしまったことがそもそもの始まりです。不安感を取り除いてくれるのでその薬を信頼していましたが、長期服用すると依存性が形成されてしまうという副作用があるとだいぶ後に知りました。専門学校でのストレスが原因で、その薬がやめられなくなって、指示された容量を超えて摂取するようになりました。薬のシートを1つ1つつぶしていく記憶や、家でばれないように学校で飲み終えたシートを捨てた記憶は今でも鮮明に残っています。依存して過剰に服用するようになった経緯は、何のドラマだったかは忘れましたが、ドラマで主人公の母親が薬を過剰に摂取して亡くなったというシーンを覚えていたからです。楽になれるのなら、やってみようという気持ちでした。

薬をたくさん飲んでしまった後に私に起こったこと

 何の薬を飲んで、それをどれだけ飲んだかは伏せたいと思います。私は日常的にODをしたくなるわけではなく、本当に強く希死念慮を感じたときにODをしていました。でもたくさん飲んだ後にはいいことはありませんでした(私が飲んだ薬がそういうものだっただけかも)。耳が聞こえづらくなって、味覚がなくなりました。いいことは何もなく、辛いだけでした。私の場合、幻覚を見るとか、辛い気持ちが楽になることはなかったです。辛くて、次の日起きられるのかが不安になりました。その日を境に、私はODを止めました。薬も父親に徹底的に管理してもらって、ODをしたいと思わなくなりました。ODはもうしたくありませんが、依存・乱用していた処方薬の感覚は5年くらいたった今でもよく覚えているし、辛い時こそそれが強く思い出されます。

自分の生活に不可欠な薬を自分で管理できるようになるために

 ODがやめられない私を心配した両親は、私がODを止めるために全面的に支援してくれました。薬を管理してほしいと私から頼んで、家じゅうの薬を私の目の届かないところに隠してもらいました。病院から帰ってきたらすぐに父に薬を渡して、父が日付を書いて(私が少しでも薬に触れる時間を少なくするために)、専用の段ボールに入れて、私の知らないうちにどこかに隠します。

 ここまで徹底していても、辛くなった時は何回もその段ボールを探しました(両親がいない時に)。

 以前は父が毎日、薬をその日服用する分をジッパーに入れてまとめてくれました。その状況がつい最近まで続いていましたが、最近自分で薬を管理できるようにするために、1週間分を自分で管理するのを1か月続けて、今は2週間分を1か月続ける段階に入っています。1週間分は余裕だったんですが、2週間分は圧が強いです。毎日自制心との闘いです。この薬たちに安易に手を出さないために、早く2週間がたってほしいと思うくらいです。自分で薬を管理するのはこんなに大変なんだと思い知らされました。

最後に

 私がODを覚えてしまったのは、そもそも処方された薬の副作用(危険性)を知らずに漫然と飲み続けてしまったことや、受診時に前月の分の薬の余りを確認しなかったのが原因です。余りを確認して、次月分はその分を引いて出してもらえば、こんなことにならなかったかもしれません(主治医はそもそも4週分:28日分を30日分と出す癖はあったが)。

 ODを止めて3年くらいたつと思います。去年や今年ニュースでオーバードーズが話題になった時に、薬が大量に転がる資料映像を見たときには動揺しましたし、フラッシュバックしました。動悸もしました。その時、まだ私はODと密接にかかわっているんだなと感じました。もう依存してしまった薬を飲んでいなくても、薬なら(全然違う薬でも)助けてくれるのではないかと思ってしまうことがあるんです。止めたくても止められない、離れても離れきれないのがODの恐ろしさのような気がします。

 


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