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片付けにおいて「他人の目でチェックしてもらう」のが重要な理由

長くお付き合いを続けているお客様のお家には、謎の物体がずっと置いてありました。
なにか金属の欠片なんですが、大事そうに鏡台の隅に置いてあるのです。
部品であることは分かるのですが、何なのかは分からない。とにかく大事だろうから、いつもそっと持ち上げて周辺を掃除し、また元の場所に戻します。家事代行として行える仕事はそこまで。当たり前ですが、勝手に捨てることはできません。

でも、あまりにも長くそこに置いてあるのです。位置も変わらないし、何かに使う様子もない。で、先日思い切ってお尋ねしたのです。
「これは何か大事なものですか?」と。

そうしたら。
「え、それ、なに?」とのお返事。
なんと、お客様自身も何のことだか知らないという…。

でも、見えてないはずはないのです。
なにしろ毎日お化粧をする鏡台のど真ん前に置いてあるんです。
きちんと私、毎回お掃除してるんです。

でも、お客様は「知らない」って仰るわけです。

■「見えている」と「分かっている」は違う

人間の脳みそというのは非常に都合よくできていて、目には見えていても認知していないものがたくさんあります。
注意してみている物だけを、人は認識しているわけですね。

色んなお家に片付けに行くのですが、「私の家には無駄なものが何もない」と仰る方に限って、目の前にある大きな無駄に気付いてなかったり。

こういう無駄を省いていかないと、家ってキレイにならないんですが、「目には見えてるのに認知してない」モノを片付けるのはなかなか大変です。
何しろご自身で認知してないんですから。

そうならないためにはどうしたらいいか?

ひとつには、「全てのモノをひとつひとつチェックする」こと。
自分一人で片づけの作業をしていく場合は、こうするしかありません。

もうひとつは、「他人を呼ぶこと」です。
他人の目で見てもらうことで、「無駄」が浮かび上がることがあります。
なるべく早く的確に片付けを行いたい場合は、ちょっとお金はかかるけど整理収納アドバイザーを呼ぶか、信頼できる友人や知人などを家に呼んで、他人の視線で家をチェックしてもらうことが最短です。

それにしても10年もの長きにわたって目の前にあったものを認知してなかったというのには驚きました。
しかし、きっと、それは私自身にも言える事なんですよね。

なにしろ私、10年かけて約10キロ太ったのを見てみないふりしてるんですから…(恐怖)

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