TENET テネット 脚本 翻訳⑧【ヨットレース〜その夜】

※スクリプト P58〜P70


◎朝 ヨットのダイニングルームでは

キャットがセイリング用の服を着て入ってくる。セイターは同じような服装で既に座っており、コーヒーカップを片手に電話をかけようとしている。

キャット「マックス、今年学校を休み過ぎてる。イギリスに連れて帰るわ」

セイター「その必要はない。ここに家庭教師がいるじゃないか」

キャット「学校が許可しないわ、だって -」

セイター「いや大丈夫だ」

キャット「まだ話終わってない!」

セイター「周りをよく見ろ。必要なものはここに全てあるだろう」

使用人が、銀の蓋がかかっている皿をキャットの前に置き、コーヒーを注ぐ。

キャット「マックスにとって何が大事かなんて興味無いでしょう。貴方が王様のお飾りを買ったところで、夫をもう愛してない妻に権力を振りかざすような卑しい器の小さな男だってことは、マックスも分かってるわよ」

セイターはキャットを見る。

セイター「今日はやけに威勢がいいな」

キャットで(挑戦的に)「あらそうかしら?」

セイターは使用人にわずかに頷き、使用人は銀の蓋を開ける。

セイター「ああ、そうだ。」

皿の上には、朝食の代わりに小さな絵画がある。ルーベンスの素描だ。キャットは凍りつく。

セイター「燃えたかと心配したか?安心してくれ、保管室から移動した方が良い、と、本能が私に訴えたんだ。私は未来に関する本能的なものを常に持ち合わせてる。そうやって、何の価値もないお前の人生を築き上げてやってるんだぞ。」

キャットはなすすべもなくセイターを見つめる。

◎朝 アマルフィの波止場では

"主人公"はセイリング用の格好で波止場に立ち、モーターボートが近づいてくるのを見ている。

主人公「おはよう」

"主人公"が乗り込んでも、キャットは無視している。セイターはその様子に満足げである。

◎アマルフィの外洋では

"主人公"はキャットと目を合わせようとするが、"主人公"の方を見る気配はない。

セイターは"主人公"にハーネスとヘルメットを手渡す。"主人公"はそれを見て困惑する。そして前方を見る。暗い黒鉛色の、アメリカズカップに出場するような最もハイテクの帆走ヨット2隻の方に向かっている。ヨットの調整と準備は整っている。

主人公(感動しながら)「操縦するのってもしかして…」

◎帆走ヨットのデッキでは

キャットが乗り込み、続いてセイターと"主人公"が乗る。艤装班が出発する。キャットは帆のロープと巻き上げ機を確認する。セイターはハーネスを指し示す。

セイター「やり方は分かるか?」

主人公「はい、キャプテン!」

セイターはキャットにジェスチャーをする。

セイター「キャプテンはキャットだ」

◎アマルフィの外洋では

ボートは水中翼で水面をかすめながら飛んで行く。

セイターと"主人公"は隣同士で片側のフロートに立ち、ハーネスをつけて身を乗り出す。キャットは集中して舵を切る。

セイター「オペラの何を知ってる?」

主人公「2008年に、ロシアの遠隔ミサイル基地が1週間ものあいだ襲撃に遭った。基地を奪還した時、とある弾頭のプルトニウム241が750g軽くなってた。無くなった241は、14日のキエフでのオペラハウス包囲攻撃の時に現れた。」

セイター「情報通だな。だが、お前はそのプルトニウムを持ってないってことー

だな。」

主人公「持ってるとは言ってないよ。手に入れる方法を知ってるんだ」

キャット(画面外で)「風上へ!」

キャットは風の中へ方向転換し、風を受けた反対側の帆か激しくはためく。セイターと"主人公"は柱の下にかがんで反対側へ急いで行き、身を乗り出すとハーネスがピンと張って切れる。

セイター「何が目的だ」

主人公「協力しよう」

セイター「お前とパートナーにはならない」

キャットは舵を取り、他のボートを追う。そうすることで怒りを抑えているような風である。

主人公「何か俺に不満でも?」

セイター「お前は自分の扱い方を分かってて、何の足跡もないだろう」

主人公「訓練が要るような武器売買で、足跡を消すのはむしろ当たり前なんじゃないか?」

セイター「まるでスパイだな」

セイターは"主人公"をじっと見つめ続けている。

キャット「帆のロープを固定して」

キャットはセイターの方に寄って、

キャット「地獄の業火に焼かれろ、アンドレイ」

そして離脱器を引っ張る。セイターはボートから飛んで行き、波の中に真っ逆さまに叩き落とされる。

セイターが水面にうつ伏せになり意識を失っているのを"主人公"が見る。クリップを取り外し、舵の方に飛んでいき、風下にボートを旋回する。

キャット「そんなジャイブ(逆向きに方向転換すること)は出来ないわ!」

"主人公"は風を切るようにボートの舵をとり、ブーンという音を響かせ、帆柱が倒れそうになっている。

主人公「出来るさ」

"主人公"は帆のロープを外して風を抜き、スピードを落とす。セイターが飛び込んだ所を通ると、'ロシアの支配者'を掴んで水面から顔を出させる。セイターは咳き込みだす。

◎セイターのヨットの客間では

"主人公"は身体を乾かす。ドアが開く。キャットが突然入ってきて、

キャット「何で溺れさせなかったの!?」

キャットは"主人公"の胸に拳を突き当てて迫る。

主人公「あいつが必要なんだよ」

キャット「銃を売る為に!?」

主人公「俺は、君が思ってるような人間じゃない」

キャット「分かってるわ、彼に絵を見せられたもの」

主人公「ごめん。」

キャット「自分が何をしたか分かってるの?」

主人公「あいつに近づかなきゃいけなかったんだ。君が旦那を何者だと思ってるか知らないが -」

キャット「武器商人に決まってるわ」

主人公「もっと他にあるんだ」

キャット「じゃあ何?」

主人公「アンドレイ・セイターは全人類の命を握ってる。君の命だけじゃなく。」

キャットは困惑した様子である。ドアがノックされ、キャットが隠れる。

ボルコフ「セイターさんが会いたいと」

"主人公"は頷き、ドアを閉めようとすると、ボルコフが制止して

ボルコフ「今すぐに」

主人公「ズボン履いてないけど良い?」

ボルコフは"主人公"にドアを閉めさせる。"主人公"はキャットの方を向き、

主人公「俺を信じてくれ」

キャット「やめて。二度とその手に乗らないわ」

"主人公"はキャットを見つめる。ため息をつく。

主人公「他に良い手があったか?」

キャットは"主人公"の目をじっと見つめる。人柄を見極めるように。

キャット「欲しいものを手にするためなら手段を選ばないのね。彼みたいに。私のことを少しも考えてない。息子のことも。このあと私が何をされると思う?」

"主人公"はバッグから銃を取り出して、キャットに差し出す。

主人公「使わないようにしてくれ -」

キャットは受け取り、"主人公"に銃を向ける。

主人公「むやみには…」

◎セイターのヨットの書斎では

"主人公"が中に案内される。セイターが机の奥に座っている。医者が血圧を測っている。

セイター「もういい」

セイターは腕から血圧計のカフを引き剥がし、医者を送り出して、手首のフィットネストラッカーを確認する。

セイター「ほらな。若造の脈拍だ。一緒に呑め」

セイターはウォッカを2人分注ぐ。

セイター「お前に命を救われて、どうやら借りを作ってしまったようだな」

主人公「そんな、たいしたことないよ」

セイターはムッとした眼差しを"主人公"に向ける。

セイター「私の命は大したことがあるんだよ。それに、借りを作るのは気に食わん」

主人公「じゃあ今借りを返してくれ。奥さんを見逃してやってほしい。」

険悪な雰囲気の沈黙ののち、セイターはにっこりして、

セイター「キャットが私のハーネスを外したとでも思ってるのか?(笑って)あれは私のミスだよ」

主人公「じゃあ241を盗むのを手伝ってくれ。予算が足りない。241は兵器級のプルトニウムだから、格納施設で保管するような特殊な取り扱い方法が…」

セイター「それくらい分かってる。お前はこの私に放射線のご説明か?10代の時に瓦礫からプルトニウムを掘り起こしていた、このアンドレイ・セイターに?」

主人公「どこで?」

セイター「スタルスク12。故郷だよ。」

セイターはウォッカを一口呑み、"主人公"の目を見る。

セイター「弾頭の一部が地表爆発を起こし、他の部分も飛び散った。そのプルトニウムを見つける人手が必要だったのさ」

インサートカット:放射線の上に雪が降る荒廃した街で、廃品回収員の服を着た若きセイターが、巨大な採掘機の前を歩いている。大きなバールと、放射能測定器を持ち運びながら。

セイター「それが契約のきっかけだ。誰も立候補すらしないだろ。死刑宣告のようなものだからな」

インサートカット:若きセイターは、大きな金属性のカプセルが採掘機に掘り出されるのを見つける。同僚も同じくそれを見ている。

セイター「だが、誰かひとりが"死ぬ"ことで、他の誰かひとりが"生き残る"ことができる」

インサートカット:若きセイターはカプセルを開ける。書類を取り出すと、セイターの名前が記されており、書類の下から金塊が出てくる。金塊を調べようと同僚が近づく。二人は目を合わせる。セイターはバールで同僚を殴り、殺害する。

セイター「私は新生ロシアに権利を主張した。今でも、あの荒廃した街で操業しているのは我が会社だけだ」

主人公「その241だが、トリエステの長期核保管倉庫に向かって、北ヨーロッパ経由で運ばれている所だ。あなたはタリンに財源をお持ちだと聞いたんだが」

セイターはウォッカを置く。

セイター「今夜はここに泊まれ。是非。」

◎夜 セイターのヨットの、キャットの客間では

キャットはマットレスの下に銃を隠すが、膨らんで形が分かってしまうので、再度取り出す。机の方に移動し、ジュエリーケースの中に仕舞う。何か音が聞こえてキャットはベッドに飛び乗り、本を手に取る。ドアが開く。セイターだ。セイターはドアの鍵を閉める。

キャット「何か用?アンドレイ」

セイター「今日のことを話し合おう」

キャット「嫌よ、話し合わないわ」

セイターはダイヤモンドのカフスボタンを取り外す。

セイター「嫌だと?」

キャットはベッドから降りようとして、

キャット「他の女と同じように私を扱えるなんて思わないで」

セイターは机に移動して、キャットからジュエリーボックスが見えない位置に寄りかかる。キャットは後退りして座る。セイターはベルトを外す。

セイター「それで、私が他の女をどう扱うと思ってるんだ?」

セイターはベルトの穴にカフスボタンをつける。

セイター「私が無理矢理話をさせると思うか?」

セイターは、ダイヤモンドのカフスボタンが並んだベルトを手のひらに当てて試している。

セイター「話したくないか?良いだろう」

セイターは枕をキャットに投げつける。

セイター「それでも噛んでろ」

セイターはキャットの方に移動してくる。キャットは机の上のジュエリーボックスを見ているが、セイターを避ける術はない。セイターはキャットを見下す。キャットはセイターの冷たい目を見上げる。

キャット「空虚で冷たい貴方でも反応は欲しいのね。私は恐怖と痛みを覚えるまでよ。」

セイター「ならば、その恐怖と痛みをみせろ」

キャット「なぜ解放してくれないの」

セイター「お前は、私だけのものだ」

キャット「私を諦めて殺すのはいつ?」

セイターは肩をすくめ、拳にベルトを巻きつける。

セイター「後ろを向け」

キャット「触れたら、あの人に聞こえるくらい大きな声で叫ぶわよ」

セイター「あいつに口出しさせると思うのか?」

キャット「もし口出ししたら殺すんでしょ?殺したら取引は終わりよ。だからもう独りにして」

ドアがノックされる。

セイター「後にしろ!!」

しかし、轟音が聞こえてくる。セイターは無言で立ち去る。

◎夜 アマルフィ海岸のセイターのヨット(外)では

セイターは部下から双眼鏡を掴んで受け取り、覗き込む。

闇の中から轟音を立てながらヘリコプターが現れる。

◎セイターのヨットの客間では

"主人公"はヘリコプターが入ってくる音を聞き、黒いウインドブレーカーを着て、すぐにドアを開ける。

◎セイターのヨットの、甲板下の通路では

"主人公"は出口を探しながら進んでいく。

◎アマルフィ海岸のセイターのヨット(外)では

ヘリコプターが離着場に降りてくる。セイターが部下に迎え入れるよう合図している間もヘリコプターの回転翼は回っている。

◎セイターのヨットでは

"主人公"は離着場を見下ろせる屋上にいる。

セイターの部下達が大きくて汚れたカプセルを取り出して下に運び、ヘリコプターが離陸していく様子を"主人公"は見ている。

◎セイターのヨットの保管所内では

"主人公"は貯蔵所を通って進んでいく。窓から覗いて、様子を見る。

◎セイターのヨットの機関室内では

乗組員がカプセルの周りに集まる。セイターが入ってきて、カプセルの掛け金の汚れを拭き取り、開ける。セイターは開いたカプセルの上に手を置き、小さく平らな金塊を、カプセルから自分の手の中に飛び込ませる。セイターは何かを期待するように見上げる。

乗組員は、とある乗組員を前に押し出して、跪かせる。伏目がちに後ろに手を伸ばしている。ズボンの後ろのポケットから金塊を取り出す。乗組員は震える手でセイターに金塊を差し出す。

セイターはその乗組員の目をじっと見たまま金塊を受け取る。乗組員はやっとの思いで、おそるおそる見上げる。

バン!セイターは金塊で乗組員の口の中を突いた後、頭を上から殴りつける。

◎セイターのヨットの保管所内では

"主人公"は、今見た出来事にゾッとしている。

◎セイターのヨットの機関室内では

セイターは息を切らして、地面の上で動かなくなっている嘘つきの小さい乗組員から一歩下がる。

セイターは手首を上げてフィットネストラッカーをチェックする。セイターの手に持っている金塊からは血が滴り落ちている。

セイター「98。動いた割には悪くないな」

◎セイターのヨットの保管所内では

"主人公"は何かを感じて振り返る。パン!ボルコフが"主人公"の顎を殴り、肋骨に蹴りを入れ、拳銃で叩く。

◎セイターのヨットの機関室内では

"主人公"は血を流し、機関室に突き出される。

ボルコフ「こいつが窓にいました」

カプセルの方に頷く"主人公"をセイターは見ている。

主人公「興味があってね」

セイター「私の財産はお前に関係ないだろう。お前は何者だ?オペラの情報をどこから入手した?」

主人公「俺がスパイかって?あなたとほとんど同じ仕事だよ。情報通じゃないと取引しないだろ?CIAの野郎が、核分裂物質の需要のうち3分の2を供給してるんだ。」

セイター「奴らは売ってるんじゃなく買ってるはずだ。だが、我々は黄昏に生きている。」

主人公「ウォルト・ホイットマンの詩か?素敵だね」

セイター「次は脳味噌を吹き飛ばすぞ」

主人公「喉にタマじゃないの?」

セイター「タリンでそんなことをしてる時間はない」

セイターは部下達にジェスチャーをすると、部下達はカプセルを持ち上げる。"主人公"は、掛け金についていた乾いた土があるのをテーブルの上に見つける。

セイター「タリンに行け。ボルコフをお前のチームにつけたい。」

"主人公"は立ち上がろうとする。

主人公「いいや。俺がすぐに241を持ち出すから、あなたは借りを返してくれ。やり取りはあなたの奥さんとする。」

セイター「私は妻を仕事に巻き込むつもりはない」

主人公「だから信頼できるんだよ」

セイター(ボルコフに)「下船させろ」

主人公「どうやって連絡したらいい?」

セイター「するな。」

主人公「前金はどうする?」

セイターは血塗れの金塊を"主人公"に投げ渡す。"主人公"はテーブルの上に落としてしまう。ボルコフが嘲笑う。

セイター「プルトニウムはもっとうまく扱え。」

"主人公"はボルコフの目を見ながら金塊を拾う。その時、気付かれないように乾いた土を手の中にすくいあげる。


参考元スクリプト
↓↓↓

https://www.scriptslug.com/assets/uploads/scripts/tenet-2020.pdf


今回は、セイター・キャット・プロタゴニストによるヨットでの夜のシーンでした。

かなり長くなりましたので、私の要らない主観は割愛します(^^)笑


今回もここまでお読み頂きありがとうございます♪