TENET テネット 脚本 翻訳④【キャットとの出逢い〜レストラン】

※スクリプト P27〜P35


◎日中 ウェスト・ロンドン 私立学校の外では

母親達が学校の塀の所に立ち子どもを待つ。その中で、グループから少し離れて立つスマートで若い女性がいる。

◎車の中/外

女性が息子を見つける様子を、"主人公"が道の端から見ている。女性は息子と手を繋ごうとしたが、息子は子守の方に手を伸ばす。スモークガラスの黒いレンジローバー(車種)の後部座席に息子が上着を入れようとしたが、女性は上着を受け取ろうとする。

息子を乗せた車が発車し手を振る若い女性を、"主人公"は見ている。女性は独りになってしまう。

◎ロンドンのシプリーズの外では

一台のベントレーが停車する。ドアマンが後部ドアを開けると、綺麗な革の鞄を持ち完璧に仕立てられたスーツを着た"主人公"が現れる。

◎シプリーズの中では

"主人公"はスタッフに近づく。

スタッフ「どういったご用件でしょうか?」

主人公「バートンさんに鑑定をお願いしてます。」

スタッフ(受付係に)「お客様が待ってるとキャットに伝えて下さい」

◎鑑定室の中では

"主人公"は壁にある絵画に見とれる。ドアが開き、先程校門にいた若い女性が入ってくる。仕事用の服に着替えている。彼女がキャット・バートンだ。キャットは困惑しているようだったが、誠実さと親しみのある笑顔を"主人公"に向けて、

キャット「すみません、予約があるのを聞かされていなくて、えっと…」

主人公「ゴヤ?」

キャット「ゴヤさん?」

"主人公"は鞄を開けて、

主人公「いいえ、あなたがこれをみてくれる人だと…」

キャットに絵画を手渡して、

主人公「ゴヤを。」

キャットは受け取り、すぐに興味を持って、

キャット「すごい、素晴らしいわ」

キャットはテーブルの上に絵画を置き、ルーペを掴んで、

主人公「価値はあります?」

キャット「まあまあ焦らないで。どんな査定も調べることが沢山ある。来歴、マイクロスコープ検査、X線…」

キャットはルーペを覗き込みながらテーブルに身をかがめる。

"主人公"はキャットの反応を見極めてから、

主人公「でも、貴方自身はどう思ってます?」

キャットは後ろに下がる。絵画について何か思い巡らせて、

キャット「ごめんなさい、この絵は何処で落札したと仰いました?」

主人公「トマス・アレポだ。」

キャットは身体を起こし、"主人公"の方に顔を向ける。冷たく、

キャット「何が望みなの」

主人公「それが複雑でね」

キャット「私の夫の下で働いてるの?」

主人公「旦那さんには会ったことがないよ。だからここに来た。どこかで2人で話せないか?」

キャット「ロンドンで?それはどうかしら」


◎夜 レストラン内では

"主人公"とキャットは角のテーブルで座っている。

主人公「このゴヤの絵は、イラついてるスイス銀行員から1ドル当たりをセントで買い取った。アレポに辿り着き、もう一つは最高額で落札されたと教えてくれて、俺のはかなり良い取引だったんだと知ったよ。最高額の落札者はあなたの旦那さんだ」

キャット「取引ってどこで?貴方の絵は明らかに偽物よ」

主人公「俺の絵はよくできた偽物だよ。あなたもそう思ってるだろ?絵に関する情報も取引だ。」

主人公「私が私の夫に対する詐欺に加担したっていう情報?」

主人公「旦那さんと俺は関連事業だけど、会うのが困難な人でさ。もしあなたと俺で協定すれば…」

キャット「協定?脅迫の間違いでしょ。私の夫がそうなんだからあなたもはっきりそう言ったらいいじゃない。貴方が最初の脅迫じゃなくて残念だったわね。」

主人公「旦那さんは知ってるの?旦那さん、絵をどうにかせずそのまま?」

キャット「なんで夫が?」

主人公「だって900万ドルも払ってるのに」

キャット「900万ドルなんて無理やり連れてく旅行程度の金額よ」

主人公「どこへ旅行?火星?」

キャット「ベトナム。うちの、夫のヨットで」

キャットは"主人公"を上から下まで見て、

キャット「あなたが着ているそのスーツ。靴も、時計も。若干不相応だと思うけど」

主人公(鋭く)「旦那さんのように富を成した人っていうのは大抵、騙し取られるのを嫌う」

キャットはワインをひと口飲む。話したがっている。と同時に、話すべきではないと分かっているのである。

キャット「その絵は、夫が私を脅迫する為の物。警察や刑務所を持ち出して脅してきた。夫は私自身も、息子に会うことも、全て支配してる。夫から離れるのは決して簡単なことじゃなかったけど、今となっては不可能なこと。それが私の今の人生。
あなたは闘えない。ただ請うだけ。それかもっと酷いことが起こる。
ベトナムで、夫をもう一度愛そうとした。まだ愛があれば、私の息子を返してくれるかもしれないから。私達は以前のように、あの最高な船に座って日が沈むのを見てた。夫は幸せそうだったから、お願いしたの。そしたら夫が申し出てきた。もし2度と息子に会わないなら、自由にさせてやる、と。私は爆発して…」

インサートカット:ラズベリーの入ったクリスタルガラスのボールが、ヨットのデッキの磨き上げられたフローリングに叩きつけられ粉々になる

キャット「…マックスと下船した。夫は後悔したように呼び戻した。でも私達が戻ると…」

インサートカット:キャットとマックスが大型船に乗る。水の中に入っていく女性の姿をじっと見るマックスの視線を、キャットが追っている。

キャット「…ボートから飛び降りる女性を一瞬見た。そして夫も消えていた。私はこんなに羨ましく思ったことはなかった。」

主人公「あなたは嫉妬するようなタイプに見えないけど」

キャット「彼女を羨ましく思ったの。あのボートからただ飛び降りられたらどんなにいいか。自由さに嫉妬したのかも。」

主人公「でもあなたには息子がいる。」

キャット「それが私の人生ね。」

主人公「その絵画が偽物だと知ってた?」

キャット「絵画の証明に数ヶ月かかった。その間にアレポと私は親しくなった。親しくなり過ぎたかもしれない。多分判断力が鈍ってた。鑑定を誤ったの。でもアンドレイにとってそれは鑑定ミスだと思えるはずはなく、裏切りでしかない。私は夫を裏切ってないのに。でもこう振り返ってみると、チャンスを逃したのかもね。」

主人公「で、旦那さんはアレポを無罪放免に?」

キャット「あなたが言ったように実際にアレポに会ったなら、もうどこにも行けない状態だと分かってるはずよ。」

主人公「電話で話して…」

キャット「それも無理。」

"主人公"はこの件について考えている。

主人公「絵はどこにある?」

キャット「なぜ?」

主人公「俺を紹介してくれ。俺が絵を始末する。絵がなければ起訴もできないだろ。君を支配することもできなくなる。」

キャットは"主人公"を見る。あえて希望を持たないようにしている。

主人公「俺があなたのセカンドチャンスになれるかも。」

キャット「"救い"など要らないわ。」

主人公「"裏切り"で、だよ。」

大柄で身なりの良い暴漢が同じテーブルに座る。彼は"主人公"のお皿から緑の豆を取って、何も考えていない感じで噛んでいる。彼がボルコフだ。"主人公"はキャットを見て、

主人公「旦那さんのお友達?(キャットが頷く)こうなると知ってた?」

キャット「殺しはしないわ。アンドレイは地元の法執行機関と関わることを嫌うの」

主人公「きっと君は俺の見た目が気に入らなかったんだな。」

キャット(立ち上がって)「あなたの見た目は大丈夫。私がどっちにしようか考える前に、嫌な人になってくれた方がいい」

"主人公"はキャットの手を取って、頬にキスをするために前に引き寄せる。

主人公(囁いて)「コートの左のポケットに電話番号を入れた。家からは電話するな」

暴漢が肉厚な手を"主人公"の肩に置く。

キャット「もう会うことはないわね」

主人公「君をびっくりさせるかも」

キャットはその場を離れ、キッチンを颯爽と通り抜けていく。ボルコフが頷くと、2人の暴漢が"主人公"を連れて行き、キッチンに向かう。"主人公"が残した物を食べているボルコフにウェイターが声をかけようとすると、すぐにウェイターを制止して、首を横に振る。

◎レストランの路地裏では

キャットがレストランから出て、心がかき乱された様子で、待っていた暴漢の前を通り、メルセデスの後部座席に滑り込むように乗る。

◎メルセデスの中/外

運転手は痩せたロシア人である。

キャット「お願い、車を出して」

痩せたロシア人は反応しなかったが、キッチンにひとりの暴漢が入っていくのをバックミラー越しに見ている。

キャット「もう行きましょう」

◎レストランのキッチン内では

"主人公"は2人の暴漢についていき、キッチンに入る。シェフ達や皿洗い達は、他の暴漢が近づくと逃げていく。

◎レストランの路地裏、外/中

キャットは窓から顔を背けて、

キャット「お願い!」

痩せたロシア人「彼があなたに見てほしいと…」

◎レストランのキッチン内では

"主人公"は下肢に隠し持っていたジャックナイフを、背後の暴漢の股間の方へ引き抜き、隣の暴漢の方に回転させて刺す。鍋やフライパンが飛び交う。

◎レストラン内では

ボルコフは、キッチンから聞こえる騒音を楽しみながら、パンにソースをつけている。

◎レストランのキッチン内では

3人目の暴漢が急に来る。"主人公"は素早く避けて、肩を殴打する。"主人公"の頭が3人目の暴漢の首にぶつかり、苦しそうにしている。"主人公"は3人目の暴漢を掴み、窓に向かって走って行く。

◎メルセデスの中/外

割れた皿と共に階段に転がり落ちていく死体に、キャットはたじろぐ。

ロシア人「彼は欲しいものを手に入れる。」

そしてキャットは何かを目にする。"主人公"が出てきたのだ。

キャット「そうじゃない時もあるようね」

◎レストランの路地裏の外では

"主人公"は服をサッと払って綺麗にして、メルセデスを見つけ、そこに向かって歩き出す。

◎メルセデスの中/外

痩せたロシア人は急いで発進する。車が轟音を立てて行く中、キャットは"主人公"の方を振り返って見ている。


参考元スクリプト
↓↓↓

https://www.scriptslug.com/assets/uploads/scripts/tenet-2020.pdf



キャットとプロタゴニストのやりとりのシーンでした。
今回は意訳した部分が多いので、一部補足させていただきます。


キャットは、プロタゴニストとの会話の中で、どんどん気持ちが揺れ動いていくのが脚本の中でも書かれてます。
「話したい気持ちは山々だけど話したら大変なことになるのはわかっている」だったり、「あえて希望を持たないようにしている」だったり。
レストランを出て車に向かう時点では完全に揺れ動いていて、助けて欲しい、助けてくれるかも、でも今殺されてしまうかも、セカンドチャンスは裏切りだとしても自由になれたかもしれない、電話番号をくれたけどかけるチャンスさえないかもしれない、助けてほしい、でも…そんな気持ちがあったのかもしれません。

それを踏まえて、ボルコフ率いる暴漢達がやってきた時の会話。
ここではもう表沙汰に話すことは出来ないので、かなり遠回しに喋ってます。
ざっくりしか覚えてませんが、劇中の字幕では

主人公「フラれたみたいだな」
キャット「あなたは素敵よ。知り合えなくて残念だけど」
主人公「番号をコートに入れた」
キャット「これが最後の会話よ」

という感じでした。


キャットの「知り合えなくて残念だけど」の部分は、
「It’s better to get to the nasty part before I care one way or the other.」であり、
私は「私がどっちにしようか考える前に、嫌な人になってくれた方がいい」としました。
これをもっと詳しく、キャットが本当はプロタゴニストに伝えたい事をはっきり書くと、
「私があなたに助けてもらうか、それともこのまま自分の人生として受け入れて終わるか、どちらにしようか考えてしまう前に、あなたは素敵な人じゃなくて嫌な人になってくれた方が良い。」になるのかなと思いました。

そのキャットの意図と気持ちを汲んだプロタゴニストは、番号をキャットにこっそり渡して、「家からは電話するなよ、必ず助けるからな」という気持ちで囁いたんだと思います。

電話番号をもらっても安易に喜ぶことは出来ず、
「You won’t be taking my call.」とキャットは言います。

電話番号を渡したことは囁き声なので暴漢達に知られていないはずなので、
「あなたは私の電話に出られないと思う」とはっきり言ってるように見えますが、ここは暴漢達にとっては字幕の通り「これが最後の会話よ」とか、私が今回訳したような「もう会うことはないわね」みたいなニュアンスで聞こえてるはずです。

あと、プロタゴニストは急に見た目の話をしましたが、俺の見た目が気に入らない?っていう単なるジョークではなくて、
「俺の見た目=俺のキャット救出裏切り計画」という隠語だと捉えました。
そう考えると、次のキャットの返事である
「The look of you is fine. It’s better to get to the nasty part before I care one way or the other.」が割とスッと入ってくる気がします。
「あなたの計画は良い、良いんだけど、私が揺れ動くことで好転することは何もないから私から離れて…」という感じのキャットの辛い気持ちが内包されている気がします。


余談ですが、暴漢達とのファイトシーンは脚本と
劇中とではかなり変わってますね!

ナイフを操るプロタゴニストのアクションも見てみたかったですが、「ホットチリを頼んだのにまだ来てないんですが🥺」って言うプロタゴニストが可愛いので最高です。


補足が長くなりましたが、字幕翻訳が人によってかなり変わるように、解釈も様々だと思いますので、この人はこういう感じに捉えたんだな〜こういう意見もあるんだな〜くらいに思っていただければ幸いです。

次回はついに空港編です😍

ここまでお読みいただきありがとうございました🙇🏻‍♀️