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アイドルはステージ上終身雇用ならば、私たちは

「ステージ上終身雇用」。この言葉が誰のものなのか私が知ったのは実は最近なのだが、誰の言葉なのかを知った上で改めて見ると少し不思議な言葉である。
パッと聞くと、一生ステージに立ち続けるという宣言のように感じるが、終身雇用というのは「死ぬまで働き続ける」というわけではなく「定年退職までの雇用を保障する」というもの。「死ぬまでアイドルであり続ける」というより、むしろ「定年退職まではアイドルでいる」つまり、「アイドルは永遠ではない」というような意味合いの方が強いように感じる。
そしてこの言葉を綴ったアイドルはもう何年もアイドルとしての活動を休止しており、いつ来るかわからない「その時」をファンはじっと待っている。

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2005年1月、ある1人の人生を大きく変える出会いがあった。テレビに映っていたのは当時史上最年少での大河ドラマ主演に挑戦したある男。彼は普段はアイドルとして活動し、芸能界引退後はアイドル事務所の副社長に就任。そして、ある日突然姿を消した。

私の両親は私が生まれる少し前に縁もゆかりもない土地に引っ越してきた。かなり社交的な父とは対照的に母はこの土地に馴染めなかったようで、たしかに、私の記憶では、あまり外に出かけたがらないような人だった気がする。

そんな母の人生を大きく変えたのが“彼”である。コンサートがあればどこにだって行き、舞台があれば何度でも観る。そしてその過程で友達もたくさんできたようで、娘の私も子供ながらにかなり母のキャラが変わったことを感じていた。(父の話では引っ越し前の性格に戻ったというのが正しいようだが)

そんな“彼”にはたった1人の相棒がいた。それぞれソロでの仕事が多い時期もあったが、「なんだかんだで2人でいる時が最強なんだよ」と母はよく言っていた。「ソロ活動も楽しいけど、2人での活動もずっと続けてほしいね」そんな願いとは裏腹に“相棒”は体調を崩し無期限休養を宣言。一度ステージに復帰したが、また活動を休止し、そのままユニットは解散。相棒は事務所を退所し休養、“彼”は芸能界を引退した。

ここから先の“彼”については誰もが知る通りだろう。ジュニアを指導する立場になったが、ある日突然事務所を辞めて、現在は別の会社の会社の社長をしている。
その一方で“相棒”は身体の調子も良くなってきているようで、先日ライブ活動を再開した。1番最初の休養から約10年、ユニットの解散から5年以上が既に経過しているタイミングだ。もちろん母は足を運び、私もそれに同行した。

久しぶりに行われたコンサートはかつてのユニットの曲も多く披露され、本人からの言葉はなかったが、ユニットでの活動、そして一緒に活動した彼への信頼に近いような感情を感じることができた。
そして、そんな姿を見て涙を流すファンは1人や2人ではなかった。

終演後、母と母のオタク友達と食事をしている中で「アイドルは必要な人の元にしか現れない」という言葉が印象的だった。

あの時、生活にアイドルという煌めきが必要だったからアイドルと出会わせてくれた。ややオカルトな話だが、私も心当たりがある。「アイドルオタクになろう」と思ってアイドルオタクになることは難しく、ある日偶然出会い、気付いたら好きになっている事の方が多いだろう。しかし、その煌めきには痛みも伴う。

休養、脱退、解散、移籍、引退。私はアイドルを応援しながら悲しい想いをするたびに「アイドルオタクの辞め時」を考える。こんなことは何年も続けられない。もっと他にお気軽な趣味を見つけて、何かに怒ったり泣いたりすることなく穏やかな人生を送りたい。好きなアイドルや私の人生の一区切りが付くたびに「アイドルにハマらなかった世界線の自分」を想像しては、どちらが幸せだったのかと無駄なことを考える。
アイドルを応援するということは「推し活」とかいうポップな言葉でまとめられないような辛いことが含まれている。もちろん楽しいこともたくさんあるが、トータルでは辛いことの方が多いのかもしれない。

一体、いつまでアイドルオタクを続けるのだろう。その答えはきっと「アイドルが不要になった時」だ。
「アイドルオタクになろう」と思ってアイドルオタクになることは難しいのと同じように「アイドルオタクをやめよう」と思って辞めることも難しい。自分とアイドルの出会いと別れに理屈はない。理屈でアイドルを応援出来るならここまで狂えない。

アイドルは永遠ではないように、アイドルオタクも永遠ではないのだろう。いつか飽きる時が来るかもしれないし、アイドルどころではなくなるような日が来るかもしれない。そして、おそらくその日は自分の意思とは無関係に訪れる。それでも、今、アイドルを必要としていて、好きなアイドルがいて、そのアイドルがステージに立っているということだけは事実である。

アイドルが必要ではなくなる日をアイドルオタクの定年とするのならば、オタクも「客席終身雇用」だ。死ぬ直前まで永久にアイドルファンであり続けることは難しいかもしれないが、その日が来るまで、いつまでも客席でアイドルを待っている。

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会場にはフォトスポットが用意されていて、みんなが写真を撮影していた。
この元画像は母が写っているが、母は井川遥の容姿を目指しているそうなので、井川遥の画像で隠している。
この写真の母は上から重ねた井川遥よりも幸せそうに写っている。この写真を見た母は「遺影はこれにしてもらおうかな」と笑っていた(50歳を過ぎると人はすぐに遺影の話をする)が、「いや、パパに悪いか」と言い、横浜を後にしていた。

関連:父の話はこちら


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