フィンテック大手PayPalとクリプト〜Libra参画から独自ステーブルコインPYUSDのリリースまで〜
フィンテック大手PayPalがついに独自のステーブルコイン「PYUSD」をリリースしました。そこで今回は、Libraへの参画以降を中心に同社のこれまでの仮想通貨領域の取り組みなども交えながら紹介したいと思います。
ステーブル(安定)なコイン?
ステーブルコインとは、仮想通貨の一種です。その価値が法定通貨や国債など他の金融資産と連動すること、それによって仮想通貨特有の価値の乱高下を防ぎ、その実用性を高めることを目指していることが特徴です。
そのステーブルコインには大きく4つの種類があります。
その規模と主要なコイン
ステーブルコイン供給量は2020年から2022年にかけて急激に成長し、現在はその調整局面に来ていると言えます。
CoinGeckoのレポートによると、直近2023年1月時点のステーブルコインの市場規模は1,384億ドル(≒20兆円)となっています。前年同時期からは18%ほど縮小しています。
マーケットの約49%を占めるのがテザー社が発行するUSDT(①法定通貨担保型。2015年に世界初のステーブルコインとしてリリース)となっています。そしてサークル社とコインベース社の主導するコンソーシアム"CENTER"が発行するUSDC(①法定通貨担保型)が約31%と続きます。
マーケット全体が2割ほど減少している影響もあり、2022年1月から規模が拡大したのはバイナンスが発行するBUSD(+8.9%)と、USDC(+1.2%)のみとなっており、他は減少しています。(ただし、BUSDは今年2月に米NY州金融サービス局によって新規発行の停止が命じされています)
特にDAIとFraxは4割以上の減少、さらにはOtherとなっているその他のステーブルコインは7割以上落ち込んでいます。
前置きが長くなりましたが、ここまでの整理としては
ステーブルコインには4つの種類がある
マーケットは急成長の反動で調整局面に入っており
法定通貨担保型かつ信用がありそうな企業以外のコインが特に減少
という状況にあり、このタイミングでPayPalが登場です。
Libra協会のメンバーだったPayPal
Meta社(旧Facebook)が2019年に立ち上げを発表した「Libra」プロジェクトを覚えているでしょうか?
Libraはグローバルかつオープンな金融プラットフォームを目指し、ドルやポンド、ユーロ、円など複数の通貨バスケットに紐づいたステーブルコインの発行を目指して立ち上げられました。
このLibraプロジェクトを率いていたDavid Marcus氏はPayPalでPresidentを務めていた人物で、そんな縁もあり?、PayPalはこのプロジェクトの運営を担うLibra協会の初期メンバー(であり、最初の脱退者)でした。
PayPalの創業物語である書籍「THE FOUNDERS:創始者たち」によると、PayPalがまだコンフィニティという社名だった当時、その初期の売り込み資料では同社の手がけるモバイルウォレットを「通貨を操作する政府と準備銀行から大衆を解放するための手段」と謳っていたとあり、このLibraの思想自体はまさに彼らの最初からの野望であったことも想像できます(今も同じかはわかりませんが)
その中でなぜ脱退したのか、その真相はわかりませんが、Libraはその発表直後から米国をはじめ各国の規制当局の激しい反発を招いたため、それが原因と考えられています。
Libraプロジェクト自体は翌年12月にはその方針と名称を変更し、Diemという名前で、米ドルのみに連動する形に切り替えられたものの、2022年にこのプロジェクトは終了を迎えました。
Libra脱退からの歩み
仮想通貨関連サービスのリリース
脱退の翌年、2020年にPayPal上で米国ユーザーを対象に特定の仮想通貨の取引サービスを開始し、2021年にはPayPal上での仮想通貨での支払いや、Paxos社と連携してPayPal傘下の送金アプリVenmoに上で仮想通貨の購入や売却、取引を可能にしました。
また、PayPalは2020年の時点で「中央銀行と協力関係を作って全ての形態のデジタル通貨を検討し、どのように貢献できるか考えている」という発言もしており、既にステーブルコインなどの検討を行っていたことが示唆されています。
ステーブルコイン開発が報道される
その発言に呼応するように、2021年5月にAva Labsなどをはじめ、複数の企業とステーブルコインの発行に向けた協議・検討を進めていることが報道されました。
ちなみに、その2ヶ月前には仮想通貨・デジタル資産のカストディ企業「Curv」を買収しており、拡大に向けた体制を着々と整えつつある状況でした。
そして2022年1月、PayPal Coinと呼ばれる独自のステーブルコインの発行を検討していることがBloombergによって報道されました。
今年、2023年2月には規制当局の監視が厳しくなり、パートナー企業であるPaxos社が調査を受けていることを踏まえてプロジェクトが「一時中断」していることが報じられていました。(Paxos社は、冒頭触れたBUSDの発行も手掛けており、そのBUSDの新規発行停止が言い渡されたタイミングです)
そして、その報道から半年、2023年8月7日、ついにPayPalは独自のステーブルコイン”PYUSD”のリリースを発表しました。
PYUSDの特徴
PYUSDは、イーサリアムチェーン上で発行されるERC-20のトークンとなります。CoinGeckoのレポートによると、ステーブルコイン市場をチェーン別で見ると、イーサリアムが59.9%と過半数を占めています。
米国の利用者であれば、PayPalのサービスを通じてPYUSDを購入、送金、他の仮想通貨との交換、さらにはPYUSDを利用して買い物をすることが可能になります。
ステーブルコインの重要な点である資産の裏付けですが、米ドル・米短期国債・現金同等物によって裏付けされると説明されており、既存のUSDTなどと似たような設計です。
また、2023年9月以降にPaxos社からPYUSDの準備金状況に関する月次報告書や第三者による評価レポートなどを公表する予定であることを発表しており、規制への準拠や信頼性を強調しています。
Paxos社が公開したコントラクトを見る限り、8月8日時点のPYUSD流通量は2,690万ドル相当だと言われています。
PYUSDに向けられる批判や指摘
いわゆる仮想通貨の良い点としては以下の点などが挙げられていると思います。
1. 銀行口座を持たなくてもやり取りができること(金融包摂)や、
2. 銀行などの仲介者を介さなくても国内・国外とのやり取りができること(手数料やスピード)
3. パブリックチェーンであればその履歴が確認できる透明性
ただ、PYUSDの場合(PYUSDに限られるわけではありませんが)、利用にはVenmoが必要で、Venmoの利用には銀行口座が必要で、少なくとも初期は米国に限られます。そのため、あくまで「銀行口座を持つアメリカ人が、デジタルで表現された米ドルを取引するための方法にすぎない」と批判する声もあります。
また、発行元であるPaxos社は、深刻なセキュリティの脅威が発生した場合にはPYUSDの認証と送金機能を停止することが可能であること、また、法律で要求された場合には犯罪当事者の資産の凍結、差し押さえ、残高の消去などができること、スマートコントラクトをPayPalによっていつでも変更できる点についてもネガティブな声が上がっています。
そして、仮想通貨に関する規制の先行きが不透明な中でのリリースについても疑問視する声もありましたが、ステーブルコインの法制化を目指し、その規制法を提出しているパトリック議員は今回のPYUSDを受けて以下の声明を発表しました。
PayPalの狙いや今後の展開は?
PayPalはPYUSDのリリースの際に、この取り組みに対して以下の見解を示しています。
これがどこまでの広がりを示すのかは現時点ではわかりませんが、前述の通り、「通貨を操作する政府と準備銀行から大衆を解放するための手段」として考えており、今回はあくまで、現実の規制や各国当局との調整における最初の一歩、という段階であれば、今後の広がりは楽しみなところではあります。
PayPalの利用者数は4億人を超えており、そのうち1割のユーザーが使うだけでも4,000万人と非常に多くの人々が仮想通貨の世界に入ることになります。
一方で、現実的な見方としては、「このPYUSDもあくまで利益を上げるための手段であり、驚くことではない」という意見もあります。
ユーザーはPYUSDを購入するために、米ドルなどをPayPalに支払います。そして、PayPalはその対価としてPYUSDを渡します。そしてPayPalはその裏付けとして短期国債などを保有するとしています。
現在、その国債などのそ利回りをPayPalが得られる(ユーザーには還元されない)というわけです。特に金利が上昇しているような局面ではなお。
PYUSDは今後どうなっていくのか。
サービスを維持していく上で収益も必要であり、同時に上場企業として様々な規制との折り合いをつけなければならない状況で、非常にその舵取りは難しいことが予想されます。
それに加えて、PayPalは株価が低迷を続けており、2015年のeBayからのスピンアウトのタイミングでCEOとなったダン・シュルマン氏も2023年末の退任が発表されている一方で、未だ後任は発表されていません。
世の中の動きも、PayPal自体も、まだまだ先行きがわかりませんが、今後どのような発展を遂げるのか、次回の決算報告など、今後の発表を楽しみにしたいと思います。
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