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短編小説『濡れ羽』

今日も暑い。
朝のニュースでは、連日最高気温を更新しているらしい。
すでに私の『体温』よりも気温の方が熱いくらいだ。

この暑さのなかを、
私はいつものように歩いている。
日傘をさしていても、
頬を伝う汗が止まらない。
いつにも増して今日は暑く感じる。
心なしか荷物さえも重く感じる。
足取りは軽くない。

いつもより長く感じる道のりは、
まとわりつく服のように私を不愉快にさせる。

ふと、空を見上げると、
どうやら雲行きが怪しくなってきた。
ぽつり、ぽつりと
雨が降り始めた。

降り出した雨は、
堰を切ったようにあふれ出し。
瞬く間に激しさを増した。

やむを得ず、私は
目的地まで走ることにした。

到着する頃には、着ていた服は
引きずるほどに重みを増した。
まるで手にかけたドアノブさえも、
重たく感じるほどである。

開いたドアの隙間から
一気に冷気が吹き出してくる。
雨に濡れた体には
寒いと感じるほどだった。

『虫ってね。羽が濡れると上手に飛べないんだって』
そう言って、私は語りかけた。

涼しい部屋で待っていたその人は、
私の『体温』をなお一層高めた。

雨に濡れた服を脱ぎ、
そっと寄り添う。
私の『体温』が交じり合い、
急激に穏やかになっていくのを感じた。

腫れた頬に、
心地よい冷たさを感じながら
そっとあなたを見上げた。

『雨があがったら私・・・』


しばらくして、雨が止んだ。

私は濡れた体を乾かし、
この暑さには不釣り合いな
黒いシャツにそでを通して
その身を覆い隠した。

言葉をなくし、横たわるあなたを。
わたしはもう見ることもなく。

『じゃあね』


力なくドアを開けるわたしに
夏の日差しが視界を奪う。

先ほどの通り雨は激しかった。
雨上がりの空は驚くほどに晴れ渡り、
ここにはむせかえるような匂いだけが
熱を帯びて漂っていた。

雨が流した涙とは裏腹に、
不愉快だけが残されていた。

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