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長期休暇は歴史マンガを読む絶好のタイミング

まとまった休みができた日こそ、巻数の進んでいる歴史フィクションマンガを読む絶好のチャンス。
単純に、時間があれば時系列や登場人物の人間関係が複雑にならざるを得ない作品を何度も読み返す余裕が出るし、派生して読みたい本が出た時に書店や図書館に行くこともできる。

歴史フィクションのおもしろさは、なんといってもキャラクター解釈にあると思う。
歴史の中で事実として存在する要素を、これはどういう思考の人間が何を目指して実施したのか、どういう人間関係のもとでこの事件は起きてしまったのか、そこの解釈を作家さんごとにどう表現するかがとにかく楽しい。
歴史上の人物はただの名前を暗記する存在ではなく、家族があり仲間があり恋人がある一人の人間であるという、当たり前の事実を再確認することができる。

その中でも、連載中で完結前の作品ではあるが、最近の特に私が注目している2作品をオススメしたい。

「セシルの女王」こざき亜衣(小学館/ビッグコミックス刊)

舞台は1530年代イングランドからスタート。
ばら戦争の影響で中央の貴族たちは没落し始め、ジェントリと呼ばれる地方豪族が台頭し始めた政治的混乱の時代に生まれた快活な少年ウィリアム・セシルは、王宮の衣装担当官をしている父に連れられヘンリー八世が支配する城に行くところから物語は始まります。
ひょんなことから王妃アン・ブーリンと懇意になったセシルは、アンの娘──のちのエリザベス女王を王と戴くことを決意して、大きな歴史の渦に巻き込まれていく……。

圧倒的恐怖と暴力の象徴として描かれるヘンリー八世。
ただ搾取されるだけではなく、その中でも人間としての尊厳を失いきらないようにどうにか希望をかき集めようとする立場の弱い女たち。権力にしがみつき、維持しようとするために女たちを利用するしかない男たち。

高校生の頃、世界史の授業で習ったヘンリー八世は、若い女と結婚したいがためにローマから離脱し私欲のために英国国教会を立ち上げ、その後何人も後妻を娶ったわがままな好色な男、といった印象だった。
しかしそれもまた記号的事実の羅列で、作中のヘンリー八世も決して褒められた性質ではないが、王として生まれたためにイギリス王国を維持する装置の一つとして周囲に利用され続けていたと思うと、人権を無視されて生かされてきたただの人間だったことに気付かされる。
物語の佳境は当然、1巻冒頭でも描かれるとおりエリザベス1世の戴冠式だろう。
そこに至るまでにあといくつの命が失われ、結んだはずの絆は壊れ、新たな命と絆が生まれるのか。
ただの歴史書にはない、創作も含めた物語がどう紡がれるのかが楽しみでならない。

男性向け雑誌に掲載されている作品ながら、アン・ブーリンやその後に現れる王妃たちは形は違えど、それぞれがフェミニズム的視点からその立場の弱さや我が身すら利用するしかない彼女たち自身について語ることができるとも言える。
本作を読んで、アンやジェーンたちの死を悲しみ、彼女たちが産む世継の性別に右往左往する男たちに哀れさを感じたのなら、ぜひ副読本としてフェミニズムについても触れてほしい。

「天幕のジャードゥーガル」トマトスープ(秋田書店/ボニータ・コミックス)

2作品目はこのマンガがすごい!でも2年連続でランクインしている本作。
1210年代の中央アジア。偉大なるモンゴル皇帝チンギス・ハンの死後、その息子たちによって世界最強の帝国となるモンゴル帝国中枢で、故郷であるイランから無理やり奴隷として連れてこられた少女シタラ(ファーティマ)が、皇帝の後宮で敵討のために暗躍する姿を描く。

彼女の身を助けるのは、武力でも体力でもましてや人脈でもなく「知」だ。
かつてイランの学者一家の元へ奴隷として売られたシタラは、その家の少年トゥースによって知は身を助け視野を広くすることを学び、学問を求め知識を蓄えていく。
しかしある日突然村はモンゴル軍に滅ぼされ、一家は殺害されシタラは再び奴隷としてモンゴル軍に連れ去られ、自分を可愛がってくれた奥様の名前ファーティマを名乗り、巨大なモンゴル帝国への復讐を誓いながら後宮で働くことになる。
可愛らしい絵柄とは裏腹に、描かれる人間模様は骨太で読み応えがある。
これもまた、歴史の中で女は所有物とされてきた側面を当たり前に描きながらも、権力や立場に縛られていたのは「女」ではなく一人一人意思があり異なる思惑を持った人間である、という当たり前の前提を外さない。

「女だてらに」権力に噛みつき家族への思いを遂げようと一矢報いた少女の話などではなく、大恩ある家族への復讐を誓いそのためにはなんだってしようと思いながらも、敵もやはり人間でありその思いに触れることで揺れ動きながら自分の意思を全うしようと奔走する、かつて本当に存在していたはずの一人の人間の物語である。
同じアジア圏の国でありながら、力士の出身地として以外にあまり馴染みのないモンゴルにかつてこんな人たちがいたのかと思うと、その人たちが残した今のモンゴルがどうなっているのかも確かめてみたくなる。

#連休に読みたいマンガ

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