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リレーエッセイ「わたしの2選」/『恋はデジャ・ブ』『プリンセスと魔法のキス』(紹介する人:大川直美)

こんにちは。映像翻訳者の大川直美です。2020年は思いがけず、映画との向き合い方が大きく変わることになった年でした。進まない時間に閉じ込められたような季節を過ごし、日本のアニメ映画が社会現象になったこの1年を振り返って、見直したくなった映画を2作ご紹介します。どちらも邦題のイメージとは少し印象が異なるかもしれません。

恋はデジャ・ブ(Groundhog Day 1993/アメリカ)

長い長い1日の物語だ。2月2日、北米で「グラウンドホッグ・デー」と呼ばれるこの日には、冬眠から目覚めたグラウンドホッグ(ウッドチャック)が春の訪れを占う行事が行われる。特に盛大な催しが開かれることで有名なのがペンシルベニア州中部の町パンクスタウニーだ。その取材のため、ビル・マーレー演じる気象予報士のフィルが前日に町へやってくる。フィルは軽妙なおしゃべりが人気の気象予報士だが、スター気取りの傲慢な男で、4年連続となるこの仕事にやる気はゼロ、同行した女性プロデューサーのリタ(アンディ・マクダウェル)、カメラマンのラリーを見下した態度を隠さない。
翌朝、ベッドサイドのラジオに起こされてフィルの2月2日が始まる。不機嫌をまき散らしながら仕事をこなし、さっさと都会へ帰ろうとするのだが、道中で猛吹雪に見舞われ車が立ち往生してしまう。町を出られなくなったフィルは仕方なく同じ宿で眠りにつく。
翌朝、またラジオに起こされて目覚めると、ラジオの音声も窓の外の風景も前日とまったく同じ。出会う人たちから掛けられる言葉も前の日と同じだ。混乱したまま1日が過ぎ、次の朝目覚めるとまた初めから同じことが繰り返される。目覚めるたびに2月2日が始まって…

ビル・マーレーとアンディ・マクドウェル共演の『恋はデジャ・ブ』は、同じ時間が何度も繰り返されるタイムループものの代表作と言われ、「アメリカ国立フィルム登録簿*1」に記載されていることからも評価の高さがうかがえる名作だ。

何をしても何をしなくても同じ日が永遠に続くとしたら、人はどんなふうに生きるのか。
2月2日に閉じ込められたフィルは、当初混乱し、次にその事実を否定しようとする。そして状況が変えられないとわかると、今度はそれを利用して利己的な欲望を満たしてゆく。どんな悪事を働いても一晩寝たらなかったことになるのだ、何だってできる。だが、うまいことやって楽しいのも初めだけ、すぐに虚しさを覚え、絶望して…

タイムループものは「主人公が何度も同じことを繰り返すうちに成長してゆく物語」だと言われる。私も長い間、この作品は傲慢だったフィルがそんな自分に気づき、生き直すまでの成長が描かれていると思っていたのだが、今回見直してみて少し考えを改めた。フィルは特段善良な人間になったわけではなく、満ち足りて生きるための極意を見つけただけなのかもしれない。利己を突き詰めた結果、自分以外の誰かをハッピーにすることが自らがハッピーに生きるために最も有効な手段であり、利己と利他は切り離せないと思い至ったのではないだろうか。その方がフィルらしい。
30年近く前の作品なので古く感じるところがないとは言えないが、今だからこそ「幸せな生き方」をてらいなく提示する映画の強さが眩しい。
(*1:アメリカの国立フィルム保存委員会が半永久的に保存することを推奨する映画・動画作品のリスト)

関連作品:
こちらもタイムループものの秀作『ミッション:8ミニッツ』


プリンセスと魔法のキス(The Princess and the Frog 2009/アメリカ)

ディズニーのアニメーション映画と言えば「プリンセス」と「ミュージカル」だ。『アナと雪の女王』や『美女と野獣』など、本編を見たことはなくともタイトルはほとんどの方がご存じだろう。
(『トイ・ストーリー』や『モンスターズ・インク』は元々別会社だったピクサー・アニメーション・スタジオによるもので、いわゆる「ディズニー伝統のアニメ映画」ではない)

『プリンセスと魔法のキス』のティアナは、ディズニープリンセスとしては知名度が低いかもしれない。ディズニー初のアメリカ生まれでアフリカ系のプリンセス。と言ってもアメリカに王女はいないので本当のプリンセスではない。ティアナは貧しい母子家庭に育ち、レストランを開くという亡父との夢を叶えるため必死で働いている。ある夜、ティアナは魔術師によってカエルに姿を変えられた王子と出会い、元の姿に戻りたいからキスをしてくれと頼まれる。最初は嫌がるが、夢を叶えてやると言いくるめられてしぶしぶキスをすると、王子は人間に戻らず、それどころかティアナまでカエルになってしまい…。

プリンセスがカエルの姿のまま物語が進むという展開も斬新だが、まず心をつかまれたのは、上品な色彩設計が際立つ絵の美しさと、ジャズを中心とする洗練された音楽だった。本作の舞台となるのはジャズ発祥の地ニューオーリーンズのフレンチ・クォーター、時代は1920年代のジャズエイジだ。背景に描かれる街並みもティアナのモダンガール風の服装も目に楽しく、センスのいいアニメーションと音楽(もちろんジャズ)が溶け合うミュージカルシーンに胸が躍る。そこには「ディズニーのアニメ映画が戻ってきた!」という高揚感があふれている。

この作品が作られた2000年代、ディズニーのアニメ映画は存在感を失いつつあった。ウォルト・ディズニー自らが手がけた『白雪姫』『不思議の国のアリス』などの第一次黄金期に始まったディズニーの長編アニメは、『リトル・マーメイド』『ライオンキング』『アラジン』といった名作を次々に送り出し「ディズニー・ルネッサンス」と呼ばれた第二次黄金期が終わるとともにヒットに恵まれなくなってゆく。当時は別会社だったピクサーが『トイ・ストーリー』『モンスターズ・インク』『ファインディング・ニモ』と大ヒットを連発し、ドリームワークスによるアンチ・ディズニープリンセスとも言うべき『シュレック』がアカデミー賞長編アニメーション賞を受賞するなど、CGアニメの時代になっていたのだ。そして2003年、ディズニーは「今後長編アニメーション映画はすべてフルCGの3Dアニメで制作する」という決定を下す。伝統の手描き2Dアニメからの撤退だ。『リトル・マーメイド』を生み出したジョン・マスカー監督とロン・クレメンツ監督はスタジオを去り、ピクサーが正式にディズニーに合流、ピクサーでCGアニメを作ってきたジョン・ラセターがディズニーの制作部門のトップにつく。だが、ここで一転、誰より伝統の価値を知るジョン・ラセターは、2Dによるミュージカル・プリンセス映画の制作を決める。マスカー&クレメンツのコンビを呼び戻し、作ったのがこの『プリンセスと魔法のキス』だ。(現在までのところ、これがディズニー最後の2Dアニメによるプリンセス映画となっている。)
本作で最も感情を揺さぶられるシーンにはほとんど動きがない。そこにはディズニー映画のオープニングで何度となく目にしてきた星が静かに描かれているだけだ。最先端のCGのきらめきはなくとも、その光は見る者の胸を締めつける。

また、本作はそれまでのプリンセスものがはらんでいたジェンダー問題に対し、はっきりとした意識の変化を打ち出した作品であり、今につながる流れを考えながら見ると興味深い。*2
この物語のプリンセスは自分の夢のために働く女性であり、王子様は女たらしで道楽が過ぎ、王家を追い出されたダメンズだ。ティアナがなぜあの王子に惹かれたのかわからないという映画評もあったが、ナヴィーン王子は良くも悪くも柔軟な心の持ち主で、ティアナと時間を過ごすうちに少しずつ変わってゆき、協力して困難に立ち向かおうとするようになる。そして、そんな自分の変化を「君の影響で僕は変わった」と素直に言える人だ。それは働く女性にとって理想的なパートナーなのかもしれない。
だが朝ドラのヒロインのようなティアナの生き方もそのままで良しとはされない。本作のフェアリー・ゴッドマザーであるママ・オーディは「欲しいものではなく、必要なものに気づきなさい」とティアナに告げ、その言葉は夢にがんじがらめになっていた彼女の心をゆるませる。また、映画の後半に意外なヒーローが活躍するのだが、最後に彼を待つのはそれこそ夢のある結末だ。この不器用なヒーローに感情移入して涙した男性も多いとか。
古くて新しいプリンセスの物語は大人にも優しい。
(*2 その最新アップデートが『アナと雪の女王』のヒロインたちの描かれ方だ)

関連作品:
手描き2Dアニメの進化形 『かぐや姫の物語』



■執筆者プロフィール 大川 直美(おおかわ なおみ)
フリーランス映像翻訳者。映画やドラマ、ドキュメンタリーの日本語版台本を担当。最近担当した映画は、『黒馬物語(アンナ・シューエル著)』を現代的に描き直した『ブラック・ビューティー』(ディズニープラス)、映画『市民ケーン』の脚本家と当時のハリウッドを描いた『マンク』(Netflix)。どちらも配信サービス用の作品で「映画」という言葉の定義が変わりつつあるのを感じている。 (『マンク』は字幕版が一部劇場公開)

恋はデジャ・ブ ©1993 COLUMBIA PICTURES, INC. ALL RIGHTS RESERVED./© 2021 Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc. All rights reserved.

ミッション:8ミニッツ © 2011 DISNEY

プリンセスと魔法のキス © 2010 DISNEY

かぐや姫の物語 © 2013 畑事務所・Studio Ghibli・NDHDMTK.

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