中島由紀、魂のピアノ

背がすらりと高く、瞳の大きな美人、
はにかむような笑顔の中島由紀さんが
ベートーヴェンのピアノソナタを演奏した。
高い集中力と磨き抜かれた技巧、
第32番に心臓を鷲掴みにされた。

演奏が終わったとき、うわっと
感情の津波が怒濤の如く押し寄せてきた。
胸の鼓動が激しく高鳴り、一向に治まらない。
ピアノの神様が舞い降りたのか、
由紀さんのピアノは激情がほとばしっていた。

可愛いアンコール曲を弾いていたときも
まだ大きなうねりが引いては押し寄せた。
演奏会が終わって会場の外に出たときも
涼しい風にあたったときも心は熱かった。
自宅に到着しても感動は続いていた。

32番はベートーヴェン最後のピアノソナタ。
苦悩を経て偉大な作曲家となったベートーヴェンが
52歳の時に書いた重厚で荘厳な短調の曲。
第1楽章は荒々しく激しい熱情に満ち溢れ、
第2楽章はくるくる転調して感情が波立ってくる。

たった2つの楽章で終わってしまうピアノソナタ。
しかしもはや続きの楽章などいらない。
あとはあなたの胸の中で響くのだから。
大きな波に打ちひしがれながらも立ち上がり、
天に昇る光の道を見つけて一気に駆け上がる。
激情はやがて安らぎの心となるのである。