そうして僕は詩人になった

「何の本を読んでいらっしゃるの?」

隣の上品なおばあさまが聞いてきた。

僕も彼女が読んでいる本が気になっていた。

横文字が入っている横書きの本だったからだ。

僕は茨木のりこさんの本を読んでいた。


僕らは長いこと病院の待合室にいた。

自分の診察の順番を待っていたのだ。

もうかれこれ2時間は経っている。

怒って帰ってしまう人もいるくらいだ。

僕らは本を読んでじっと待っていた。


彼女に読んでいた本を渡す。

「あら、茨木のりこさん」と微笑み、

ページを繰り出して読む。

「あたし、この方の詩、好きですわ」

「自分の感受性くらい」って大好き。

「自分で守れ、ばかものよ」


「わたしが一番きれいだったとき」

「男たちは挙手の礼しか知らなくて」

「きれいな眼差しだけを残し皆発っていった」

茨木さんが最高にきれいだったとき日本は戦争だった。

男たちは自分に気づきもせずに行進していった。

そして、皆死んだのだ。


「あなたも詩をお書きになるの?」と聞かれた。

思わず「はい」と答えてしまった。

彼女は僕を真っ直ぐ見てにっこりと微笑んだ。

僕はその日から詩人になった。

もう詩を書いていることを

恥ずかしいとは思わない。