イチョウと老爺

森の公園を散歩していると

シュナウダーを連れた老爺が

イチョウの樹から落ちた

ぎんなんを拾っていた。

「ぎんなん、美味しいですよね」

声をかけると犬と一緒に顔を上げる。

「ああ、種を取り出して、

煎って酒のつまみにするんだ」


老爺が僕を見てにやりと笑う。

歯がほとんどなかった。

「この実をどうするんですか?

土を掘って実を入れておけば

種が取れると聞いたことがあります」

「ああ、昔はそんなことをしたけど、

今はそんなことはやらないよ。

バケツの水に浸けておくんだよ」


「水に数日浸けておけば

黄色い実がふやけてきて取り除ける」

「この匂いのきついじゅくじゅくを

綺麗に取り除けばいいんですね」

「そうさ。水洗いを何度もして

ザルに空けて新聞の上で干すんだ」

「日干しするんですね」

「丸二日は日光に当てるんだよ」


「そうすりゃ店で売っている

ぎんなんになるってわけよ」

「我が家では封筒に入れて

レンジでチンして食べますけど」

「いつからイチョウの樹って

地球に存在してたか知ってるか?」

「いつっていつからですか?

昔からあるんですよね」


「ああ、6500年前からだ。

イチョウは世界最古の原生樹だ」

「というと恐竜が絶滅した頃ですよね」

「イチョウもどんどん消えてな、

今や生きている化石、絶滅危惧種だ」

「へえ、このぎんなんもですね」

「何でイチョウと呼ぶか知ってるか?」

「ええっ?知りませんけど」


「葉の形がアヒルの足に似ているからだ。

中国では鴨足と書き、発音はイアチャオ。

それがナマってイチョウになったんだ」

「へえ、アヒルの足ですか?」

「イチョウはギンキョウとも呼ぶが、

英語でも仏語でも独逸でもGINKGO、

英語の発音はほとんどギンキョウだ。

世界中で生殖していたことがわかる」


「いろんなことを知ってるんですね」

ぼくはすっかり見直してしまった。

異臭漂うぎんなんを拾って食べるなんて

浮浪者みたいに思っていたが違うのだ。

「さあ、うちの犬も厭きたようだ。

家に戻って実を水に浸けるとするか」

そう言って、老爺は犬と去っていった。

明日はぼくも手袋をして拾うとするか。