手結びの蝶ネクタイ

黒のスーツに黒の蝶ネクタイ。

合唱の本番ではそうした格好で

ステージに上がることが多い。

皆めかし込んで上機嫌だが、

僕は大いに気に入らない。


それは冠婚葬祭用のスーツに

すでに結ばれているできあいの

蝶ネクタイをするからだ。

だからレストランのボーイの

集団のようになってしまうのだ。


男性ファッションの総帥、

石津謙介さんの遺言がある。

「華やかなお祝いの席では

黒のタキシードに、手結びの

蝶ネクタイにすること」


蝶ネクタイに手結びのものが

あることを僕は知らなかった。

探し求めてもなかなかない。

やっと見つけて結んでみるが

思うような形にはならない。


「歪んでいるから味が出る。

決まりすぎは粋じゃないよ」

着物に蝶ネクタイを締めた

石津さんのパーティ衣装に

外国人が大喜びしたという。


僕だけ太く歪んだ蝶ネクタイで

ワーグナーの結婚行進曲を歌った。

石津さんの声が天国から聞こえた。

「うん、それでいい。

お洒落とはそういうモノだよ」