老ぬいホーム見学物語⑥

 ーー扉を開けた先が、もしもシーンと静まりかえっていたとしたら、ドアのガチャッと開く音で皆が一斉にこちらを向いてしまうかも。そうしたら、一体、何と言ったらいいんだろう。こんにちは、かな?
 ところが実際、ジンペーちゃんがリハビリ室に入った時、入居しているぬいぐるみ達はリズムに合わせて体操をしているところだったので、そんな迷いも杞憂に終わるのでした。
「お腹の綿を、ふわふわに戻す運動ーっ! はい、1、2、3、4っ!」
 職員らしきぬいぐるみが、そう威勢よく号令をかけると、入居しているぬいぐるみ達も、それに習って体を動かしています。なんだか、人間のラジオ体操に似ているなぁと、ジンペーちゃんは思いました。
「今度は、手足の綿を均等にならす運動ーっ!はい、1、2、3、4っ!」
 せっかくなので、ジンペーちゃんも一緒に体を動かしてみることにしました。小さな胸ビレをぱたぱた動かしてみると、なるほど、確かに綿がよく刺激されているようでした。
 おうちでもやってみようかなと、考えながら、ふとジンペーちゃんは、目の前のくまのぬいぐるみが気になって、ちょっと声をかけてみることにしました。
「ねぇねぇ、どうしてそんなに小さな動きなの? 力一杯、体操したほうが、気持ちいいよ」
 ジンペーちゃんや、他の皆が大きく体を動かしている中、くまのロッツォは必要最小限の動きをしているので、目立っていたのです。
 人見知りのロッツォは、急に話し掛けられたので、どぎまぎしながらも、
「だって、だって、体操して体の綿が全部、元の正しい位置に戻ったら……ママが僕が誰だか分からなくなっちゃうかも知れないの……」
 と、答えました。
 ジンペーちゃんは、
「そんな訳ないよ、心配し過ぎだよ」
 と、くすくす笑いました。
「お口を大きく開けて、綿を柔らかくする運動ーっ!はい、1、2、3、4っ!」
 職員の号令を受けて、ジンペーちゃんが、ポカンと口を開けていると、
「でもね、ジンペーちゃん。心配し過ぎ、なんてことはないわよ」
 そう言って、ワニのエミさんは誰よりも大きくお口を開けました。
「えっ、エミさん。それって、どういうこと?」
 ジンペーちゃんが問いかけると、エミさんは少し寂しそうな顔をしながら、話をしてくれました。
「私はもう35歳のおばあちゃんだからね、色んなぬいぐるみを見てきたのよ。持ち主に先立たれたぬいぐるみもね。ーーそういうぬいぐるみ……つまり、誰にも迎えに来てもらえないぬいぐるみにとって、リハビリは生まれ変わりを意味しているのよ」
「うん……新品のぴかぴかのぬいぐるみがね、この施設を出ていくの、僕も見たことがあるよ」
 ロッツォも、もじもじしながら言いました。
「新品の……ぬいぐるみ……?」
 もう体操どころではないジンペーちゃんに、エミさんは更に続けました。
「ジンペーちゃんも、私達も、持ち主に初めて会ったときは、新品だったでしょう?」