月の綺麗な夜だった。
 縁側に座る僕の膝の上で甘えていたミーコが、急に庭へと飛び出した。
「土に、帰らなくてはなりません」
 眩しいくらいの満月に照らされながら、猫のミーコが深々と頭を下げた。「今まで優しくしてくれて、本当にありがとうございました」
 突然ミーコが口を聞いたことに、僕はあまり驚かなかった。それよりも、数日前に僕が見たあの光景はやっぱり幻なんかじゃなかったんだと、やりきれない気持ちでいっぱいだった。
「お前……やっぱりあの時、車に跳ねられたんだね? 僕は夢を見たのかと思っていたよ。悪い夢をさ。夢の中で、僕はお前にとりすがって泣いて、焼かれて灰になったお前を見てまた泣いたんだ。庭に埋めたときも、お前が好きだった場所を見ても……涙が止まらなかったんだよ」
 ミーコは、まばたきもせずに僕をじいっと見ていた。
「でも、お前、帰ってきたから……」
 いつのまにか溢れていた涙にも構わずに、僕は続けた。「帰ってきて、いつも通りに僕に擦り寄ってきたから……よかった、あれは夢だったんだって、そう思ったよ。でもさ、お前の脚に、魚の鱗がついていた。人魚見たいにさ。おかしいなって。だから、分かったんだよ。やっぱり、もうお前は死んでしまったんだなって。そして、どういうわけか、今までと違う姿になってでも僕に会いに来てくれたんだろうなって」
「勝手なことをして、ごめんなさい」
 ミーコは目を伏せた。「恐らく、私が隠していた魚の骨と、貴方が埋めてくれた私の骨が、土の中で混ざってしまったのでしょう。でも、どうしても一目会って、お礼を言いたかったのです。こんな醜い私を見ても、貴方は愛してくれないかもしれないけれど、どうしても言いたかったのです」
 ミーコはくるりと身を翻し、「さようなら」と呟いた。土に帰るというそのことばの通り、ミーコが灰のように少しずつ砕けて土に消えていく。
 愛らしい耳が、綺麗な瞳が、小さな鼻が、少し笑っているような口が……。さらさらと音も立てずに消えていく。
 こんな風に、いつしか僕の記憶からも消え去ってしまうのかもしれないと、他人事のように思った。
 月の綺麗な夜だった。